ミカサと!
調査兵団の新体制が発足して最初の調査任務を終えて、エレンとアルミン、ミカサの三人組がリヴァイの家にやって来た。
移住地の選定や旅行者の使える簡易小屋の建設準備などをしながら進む一環で、道中、念願の海を発見したらしい。
風が奇妙なにおいをさせていることに警戒して散策をしていたら、見たこともない広大な水溜りが現れて、エレンは思わず腰を抜かし、アルミンは号泣して、ミカサは口の中がパサパサになるまでぽかりと口を開けたまま立ち尽くしていたという。
そんな新しい世界での発見を身振り手振りも加えて話すエレンとアルミンに、リヴァイは夜が明けるまでうんうんと頷いて付き合った。
その間、ミカサはほとんど口を開かず座っていた。眠くなったら客室で横になれと促しても、首を振るだけだった。
エレンは彼のその態度に不満な様子で膨れていたが、リヴァイは気にしていなかった。長い戦いの最中で助け合ってきたとはいえ、ミカサにとっては、リヴァイはいつエレンを処分しにかかるかわからない存在だったのだから。
だからむしろ、その数日後、ミカサが一人で訪ねてきたときの方が、リヴァイをひどく驚かせたものである。
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話したいことがあると言ったきり俯いたままのミカサをダイニングの椅子に座らせて、飲み物と焼き菓子を出した。
「あまり美味くはないかもしれんが……」
「……兵士長が、焼いたんですか?お菓子を?」
「なんだよ。毒なんか入ってねーぞ」
焼き菓子はまだ練習中で、エルヴィンにも出したことがないものだが、忌憚ない意見を聞くならミカサは適材だろう。
こんなもの食べられないと切って捨てられることも覚悟で出したそれを、意外にもミカサは淀みなく咀嚼して飲み込んだ。
「懐かしい。焼き菓子なんて。カルラ母さんがまだ生きてた頃、よく焼いてくれました」
「……そうか。俺はこれでエルヴィンに餌付けされたんだ。あと白パンな。ふわふわで甘くて。単純だがそれ以来こいつに目がなくてな」
ようやく長さの揃ってきたうなじ部分の髪が首をくすぐるのにまだ慣れない。居心地の悪そうに首元を撫でるリヴァイを、ミカサは何も言わずじっと見つめて、また焼き菓子を一つ手に取った。
焼き菓子の皿が空になる頃、ミカサがぽつりと口を開いた。
「あなたに、兵団に戻ってきてほしい」
リヴァイはとても驚いた。エレンやリヴァイ班の面子は何かといえば寂しい帰ってこい一緒に行こうとうるさくねだるが、まさかミカサにそんなことを言われるとは思いもしなかった。
「どうした?お前がそんなこと言うなんて」
「おかしいでしょうか」
「まぁ、おかしいだろう。お前なら、いっそいなくなればエレンも安心とか言ってそうだ」
皮肉のつもりはなかったが、リヴァイの言葉にミカサはまた少し俯いて、卓上で組んだ手をぎゅっと固く握った。
「……調査や護衛をしていると、巨人ではないけれど、野生の獣に襲われることがあります。壁外の獣はとても大きくて強い。見たこともない生き物もたくさんいる。安全なルートを確立するまでは、ブレードの出番は多いでしょう」
既に巨人の発生がない今、立体起動装置は各班の班長とその補佐のみが万一に備えて装備する程度になったが、ブレードは新兵や訓練兵にも重要な武器として訓練が課されている。
通常のナイフなどより扱いが特殊なものであるため、未知の動きをする獣相手にうまく振るうには、やはり相当な技術と胆力が必要だ。
「今、私を人類最強と呼ぶ人がいる。あなたがいないから」
「結構なことじゃねぇか。お前なら名前負けしねぇでやってけるだろ」
「いいえ!」
ミカサはぎりっと奥歯を噛んで、顔をしかめた。
「あの人たちはわかっていない。あなたは強い。私よりも。エレンも私も、みんな、何度もあなたに救われた。なのにあなたを忘れて私を褒める。私は嫌です。人類最強と呼ばれるに相応しいのは、私じゃない。あなたしかいない。あなただけ」
この場にいない民衆を睨むように目を逸らしたまま、苦しそうに続ける。
「私はあなたに敵わなかった。いつも。私は人類最強なんかじゃない。最強になんてなれない」
かつてのリヴァイ兵士長の戦う姿を知らない団員が増えていくと共に、ミカサの強さを賞賛し崇拝する声は高まっていく。
あと数年もすれば、リヴァイの名はおとぎ話になり、形をなくし、やがて忘れられていく。新たな羨望の依り代、まだ若く前線に立つミカサがいるのであれば尚更だ。
しかし、ミカサは繊細で、実直で正直な性質だった。
これがアルミンなら、心で戸惑っても職務として割り切ることができただろう。エレンだったら、ふざけるなよと怒って発散していたかもしれない。
情緒面は滅法不器用なミカサに、重いものを背負わせてしまった。
「ミカサよ。お前は本当に、かわいそうなくらい俺に似ているな」
項垂れたままの頭を肩口に抱き寄せて、ぽんぽんと背中を叩く。
「大丈夫だ。これからは、守るためにブレードを振るう時代だろう。屠ることに関しちゃ俺は今でも負ける気がしねぇが、そっちはお前の方が向いてる。お前はずっと守るために戦ってきただろう。だから、お前でいいんだよ」
ぎゅっと強く抱きしめた後、強引に顔を上げさせて白皙の頬を摘んだ。そのままみゅいんと引き伸ばしたら、常にクールな彼らしくない顔が見られて、リヴァイはふふんと鼻を鳴らして笑う。
「つーかな、お前バカだろ。そんなもん気にすんな!そうやって騒ぎたい奴なんか、ピギャプギャうるせー豚野郎とでも思っとけ!」
それでも我慢ならないときは、俺がこっそり闇討ちしといてやるから。
リヴァイはそう言ってくしゃくしゃにミカサの頭をなでて、夕食の準備でもしようと台所へ移動した。
しばらくして、目を真っ赤にしてぐしゅぐしゅと鼻を啜りながら手伝うと後を追ってきたミカサを、またいいこいいことなでて。
割合うまく焼けたパンと、最初の得意料理になったトマトスープ、ハーブで焼いた肉とサラダをテーブルに並べて、リヴァイは満足気に言った。
「見ろ。俺……っと、私も、なかなかのものだろう。こんなにも女らしく生まれ変わった私に、今更ブレードなんか似合うと思うか?」
まぁ、まだ髪も短いし、料理の腕も新兵レベルだけどな。自分の言葉に自分で照れたのか、パンを取り分けながらもぞもぞと言い訳をするその横顔は、紛れもなく魅力的な女性のものだった。
ミカサはこのとき初めて、誰かを女性として意識するという感覚を味わい、その相手がエレンの慕うリヴァイであることに更なる混乱を来たし。
味のわからない夕食をたいらげ帰路につきベッドに入り一夜が明けて朝、どれほどの困惑の渦を潜り抜けたのか、顔を合わせたエレンにまっすぐな瞳でこう言った。
「エレン、心配ない。私は兵士長を独り占めしたりしない。私たちは三人で家族になる。私とエレンと、どちらの子も産んでもらおう。」
この後、歪んだ愛情選択なイケ男ミカサに壁ドンガン押しされるにょた兵長を考えた。