ペト♂リの場合 新婚生活


 リヴァイはペトラの全てが好ましい。
 太陽の光にきらめく飴色のブロンドもそうだし、ぱちぱちとまばたきをする度に潤む大きな瞳も、すんなりした細い鼻筋も、尖った小さな顎も、どこか少年のようなまろい頬を彩る桃色も、少し薄めだがなめらかな薔薇色の唇も。
 自分に話しかけるときの甘く緩んだ声色も、主にオルオに対して放たれる気の強い荒れた声も、リヴァイの耳にはよく馴染む。
 気質も丁寧で繊細で勇敢で、細やかに行き届く気遣いなど申し分ない。彼が微笑むだけでその場が明るく華やぎ、可愛らしい仕種にはいつも癒される。

 何よりも得がたいのは、彼がリヴァイに、さりげなく与えてくれるもの。
 戦地を離れても、かつての仲間とはやはり何かと仕事の話を交わすことが多い。しかしペトラは、ごくごく自然に、リヴァイの他愛のない日常にいつの間にか寄り添っていた。
 リヴァイから話を振って聞かない限りは、ペトラは兵団での業務、特に戦闘に関することは話さなかった。「兵長」と呼びながらも、彼は目の前のスカートを穿いた彼女に、「リヴァイ兵士長」を重ねることをしなかった。
 料理の話、リヴァイが村の共同農地で育てている野菜のこと、街での噂話、最近話題の本、「兵士」としてではなく「友人たち」の近況について。昨日見た夢の話。そんなあまり中身のない話を、くるくると笑ったり怒ったりしながら、いつも楽しそうに付き合ってくれる。
 それらはリヴァイにとって、かつて斬り捨て、そして今この生活で取り戻すことを夢見た、平和で安穏とした情景だった。
 お試しでもいいんです、なんて、意を決した告白に弱気に付け加えた彼を見て、リヴァイは、彼のくれる日常が自分の最も欲しかったものであることに気付き、そして彼を受け入れた。
 二人の間には、特別で劇的で運命の物語のようなきっかけがあったわけではない。だからペトラは未だ自信がなさそうに肩を落とすことがあるけれど、リヴァイにとってそれはとても自然な選択だった。

 そうして穏やかに始まった二人での生活。リヴァイは毎日のように、心の中で叫んでいる。
 『ペトラ、ぐうかわ!!!』と。

「兵長、どうされました?もしかして私の顔に何かついてます……?」
 どうしよう、やだな、と恥ずかしげに前髪をいじって俯くペトラに、リヴァイはようやく我に返って、同時にまた心中で叫んだ。
 リヴァイが洗った皿を受け取って拭きつつ、頬を赤くして、おろおろうるうると大きな瞳を彷徨わせているその様。今すぐ顔を洗いに洗面所へ駆け込みたくて、しかし彼女との共同作業を放り出すわけにもいかず、困っている。
 健気だ。ぐうかわだ。ペトラぐうかわ!
「何でもない。お前の顔はいつも通りツルツルできれいだ」
「えっ。き、きれい……なのは、兵長ですっ!もう、兵長はいつもそうやってからかうんだから」
 ぷんっと顔を背けられても、可愛さしか感じない。
「お前はどうしてそう可愛いんだ」
 ほう、と悩ましく息を吐いて言われた言葉に、ペトラはますますもって赤くなり、無心で皿を磨いた。
 ……自分だってそんな風にさらりと口説き文句を言ってみたい。あなたはどうしてそう男前なんですか。
 ペトラより40センチも小さなこの女性は、どこもかしこも小作りで、とても可憐なひとだと思っているけれども、同じくらい、その男前さには完全に負けているとも思う。
 上官と部下であった頃からリヴァイに心酔していたペトラであるから、勿論彼女のそんなところも含めて誰より愛おしい。だがしかし、それはそれとして、なんというか、もごもごもご。
「……わ、私、女々しいっていうか。情けないですよね。もっと兵長に相応しい男になりますから」
「?私はそんなこと思わない。お前はいい男だ」
「でも、だって……可愛いだけが取り柄だなんて、男としてどうかなって」
 しゅんとするペトラに、リヴァイはむぅと眉根を寄せた。
「可愛いだけだなんて、誰が言った。お前が可愛いのは確かだが、お前のいいところは他にもいっぱいあるだろう。大体、お前は結構好戦的だしキレると言葉が荒れる、そういうとこも私は知ってるんだぞ。何で可愛いだけの人間だなんて思うんだ」
「兵長……」
「お前はいい男だ。私がそう言ってるんだから、お前ももっと自信を持て。それとも何か、私の目が節穴だとでも言いてぇのか?あ?」
 睨め上げるリヴァイの凄みにペトラがぶんぶんと首を振る。若干顔を青くしてすみませんでしたぁ!と声を張ってしまう辺り、よく躾けられている。
 そう、彼はずっとリヴァイの部下として育ってきた。男女を問わず実力で命と未来をもぎ取らなければならない調査兵団で、その象徴といえるリヴァイの背中を仰ぎ、エルヴィンの振る腕の先を目指し。多感な青年期を、兵団でも突出した傑物である二人を目の前に生き抜いたのだ。
 決してペトラは自身を卑下する性質ではない。ただただ、比べる相手が悪かった。
 実はこれは彼らの世代に共通して言えるのだが、「人類」を背負いきってみせた二人を追い続ける彼の自己評価が多少頼りなくなってしまうのは、無理からぬことだった。
「お前の、そういう……慎重で謙虚で、でも卑屈にならない、そういうところがいい。と、私は思っている」
 洗い物を終えて冷えた指を、ペトラの指の間に絡めて暖をとる。さすがに少し照れくさそうに目元を染めつつ、リヴァイはにやりと口の端を上げてみせた。
「他にもあるが、どうする?今ここで全部言ってやろうか?」
「い、い、いいいえもう大丈夫です!十分です!」
「んだよ、遠慮してんのか旦那様よ。別に私は構わないぞ?」
「だっ……だん、……もう!兵長また私をからかってますよね!?」
 首まで真っ赤に沸騰しているペトラを見てぷふーっとリヴァイが噴き出す。
 可愛い。たまらなく可愛い。ぐうかわ以外の何者でもない!
「仕方ないだろう。お前のいいところは色々あるが、中でも可愛いところが一番好きなんだ。年上の女房を持った宿命と思って諦めろ」
 けらけら笑って台所を後にする背中に、ペトラは恥ずかしいやら悔しいやら、むぐっと唇を噛んで、細く整った眉をきりりと吊り上げた。

「…………り、リリィ、さん!!」

 呼び声に、リヴァイはぎしりと足を止めた。  ペトラは動かない彼女を背中からぎゅっと抱きしめて、真っ赤な顔のまま、恥ずかしさと達成感に視界がぼやけるほど潤んだ瞳をきつく閉じる。
「な……何だその、りりぃ、とかいうのは」
「私の、大切な奥さんのことです!ずっとそう呼んでみたいなって思ってました!」
「は?いやお前それは……いや呼び名を変えるのは構わねぇが……」
 りりぃ。りりぃって。リヴァイだから?リリィ???私のお花ちゃん、的な??? 「い、いやいやいや。ない。それはまずい。私をいくつだと思ってる、ペトラよ。羞恥プレイもいいとこじゃねぇか!」
「羞恥プレイ上等!私のことからかってばかりの兵長に、お仕置きですっ」
 これまで生きてきて、そんな甘ったるい愛称で呼ばれたことなど一度もない。
 まさかの手痛い反撃に全身を赤くしていやいやと暴れるリヴァイを、ペトラはがっしり腕の中に拘束したまま、何度も何度も呼んだ。
 リリィさん、照れてるんですか?リリィさん、可愛い。リリィさん、大好きです!


 もうわかった、私が悪かったからやめてくれ、とリヴァイに泣きが入るまで続けられた「お仕置きリリィ」は、ペトラの最強の切り札として、それからも時々披露されることとなる。
 可愛いだけの男では、調査兵団で生き抜いてはいけない。