番外編 アルミンに託されたかの人の願い
過去最長距離になる南方調査から帰還したアルミンから渡されたものに、リヴァイは大きく目を瞠った。
「キャンプ地を展開して野営していたときに、行き会った旅人から預かりました」
小箱に入っていたのは、おそらく宝石だ。少し白みのある透明に、蒼い虹が閉じ込められたようなラインの入った石。指輪かネックレスにちょうどいいサイズに丸く研ぎ上げられている。
「もともと王都で細工師をしていた人だったようで。僕たちがその人と会った場所よりも、更に南東へ行った先で、原石を見つけた人から預けられたそうです。戻る道のりで調査兵団に出会ったら託してほしいと」
リヴァイは無言のままじっとその石を見つめていたが、アルミンは気にした様子もなく、ただ穏やかに話を続けた。
「これはムーンストーンという石だそうです。この辺りじゃまず見ないので、僕も古の文献を探してみました。女性を守る石で、苦しみを和らげて愛で満ちた人生を呼び込んでくれるとか」
かつて王都で繁栄を貪っていた貴族階級の者が身を飾っていた宝石と比べて、随分ささやかな色味だが、神秘的で優しいまろさがある。贈り主の気持ちを宿すかのように。
「大切な女性がいる。彼女と、もう生まれているかもしれない彼女の新しい家族にも受け継がれるように、幸せを願ってこれを贈りたいと、話していたそうですよ」
リヴァイの唇がわななく。
贈り主が誰かなど、聞かなくてもわかりきっていた。
「……そうか。随分、遠くまで行ってんだな」
「僕も驚きました。その旅人が現れた時点で隊員たちは大騒ぎだったのに、それよりもずっと先まで行っている人がいるとは」
「もともとフラフラ目移りしてはうろつく癖があったからな。自由を満喫してんだろうよ」
懐かしそうに微笑むリヴァイに、アルミンも目を伏せて、明るく聡明で奇抜だったかの人を思い出す。
アルミンにとっても関わりの深い上官だった。あの人ならおそらく、それはもう楽しげに叫びながら、あれもこれも手にとって見て回り探求の日々を送っているだろう。
いいなぁ、と素直な思いが口をつく。今はまだある心残りに決着がついたら、そのときはアルミンも、同じように旅立っていくつもりだ。引き返す度に後ろ髪を引く、道の先にごまんとあるはずの未知の夢を、どこまでも追いかける旅へ。
どこへ行くのか。一人になるのか、二人、三人になるのか。それとももっとたくさんの人数で行くことになるのか。何もかもまだわからない未来だけれど。
「あいつも、お前も。どこまででも行けばいい。生きて、笑っていてくれれば、それで十分だ。姿が見えなくても、便りがなくとも、きっとそうだと信じているから」
目を閉じた彼女の言葉には、万感の思いが詰まっていた。
リヴァイは、この小さな家で、あの時代を共に生き抜いた全ての仲間の幸せを静かに祈って過ごしている。自分の幸せなどは後回しで、誰も傷ついていないか、笑って過ごせているか、ただただそれだけを想っている。
あの人はそれを、あんなにも遠く離れた場所にいても、わかっていた。わかっていて、本当に届けられるかもわからない贈り物を託したのだ。
この石の意味が、あの人の想いの全て。
「……リヴァイ兵士長。そろそろ、叶えてあげてもいいんじゃないでしょうか」
「何だ……珍しいな、お前がそういう口出しするなんて」
アルミンは肩を竦めて、苦笑いをのせる。
「そりゃ、僕の立場としては、大っぴらには応援しづらいものがありますし」
なにせ大親友と呼べる二人ともが彼女にご執心だ。誰の肩を持つにしても、誰かを裏切ることになるのだから難しい。
とはいえ、おそらくこの贈り物の主が期待する、彼女の背中を押す役割を果たせる人間が、他にいないのだから仕方がない。
リヴァイにも、あの人にも大恩があるし、個人的にも尊敬し好ましく思う人たちだ。奇跡のように手元に届いた想いを無碍にするくらいなら、ちょっとだけ頭の痛い騒ぎに首を突っ込む方がまだマシである。
いつだって選択にはちょっとした困難と苦悩が入り混じることを、アルミンはよく知っている。つい最近まで強いられてきた身を切るような選択の嵐からすれば、この程度の重みはいっそ愛おしいくらいだ。
「誰を選ぶのか、選ばないのか、僕はあなたの自由だと思っているので。エレンやミカサが泣くことになっても、それはそれで。人生ってそんなものだよなーというか」
「…………」
「ただ、その、例えばもし、体のことが不安で踏み出せないなら。とりあえずそこのところをはっきりさせてみて、それから考えるのもいいんじゃないかなと」
年齢と酷使した体。リヴァイが誰の手も取らず身を引こうとする理由の、おそらくは最も大きく、デリケートな部分。
あまり無遠慮に突きまわしたくないが、ようやく平穏を手にしたこの世界で、俯いて寂しそうに後ずさるこの人の姿をこれ以上見ていたくない。
「まぁ彼らにしたら、そんなのどっちだってあなたへの愛情は変わらないと断言すると思いますけどね」
あぁ、何だか、分隊長。あなたが乗り移ったかのように、今僕はこの人を、まるで小さな家族のように、守りたくてたまらない気持ちです。
あの約束が叶う日がいつか来ると信じて、踏み出してみてもいいのだろうか。
リヴァイは目を伏せて、指先でそっと、守り石を撫でた。
遠く旅する贈り主の声が聞こえる気がする。
ゲラゲラと笑い飛ばして、バカだろと呆れて怒って、でも結局は優しさしかないあの声で、
またねと。