エレンと!
調査兵団には、今も「リヴァイ兵士長」への贈り物が頻繁に届けられる。それは手紙であったり、装飾品や食料であったり、亡くなった兵士の遺品であったりと様々だ。
退役した後、リヴァイの行方は公式には明らかにされていない。かつての仲間たちがちょこちょこと立ち寄るので、全く秘されているという状況ではないにしろ、現在の彼女へ悪意ある何者かが接触することを避けられるように、兵団がいくつか手を回していた。
贈り物のうち、金品や食料は安全性を確認した上で寄付として兵団内で処理する。手紙や遺品はリヴァイが受け取りたいと希望したので、団長自らが中身を確認の上、問題ないと判断されたものを本人へ渡す。
そうして、隠匿されるべき悪意あるもの(悲しいが、僅かながらもそういったものは存在する)以外は、手元にいかないものも含めて、全て目録を作成しリヴァイに目を通してもらっていた。
本日その目録を預かってやって来たのは、エレンだった。
そして、この日その役目を授かったのが自分であったことに、エレンは心の底から安堵した。
「エレンか。悪いがまだ掃除中だ。もう終わるから、そこに座っていろ」
いつも通りエレンの贈った三角巾をつけて、日課の掃除に励んでいるリヴァイ。あとはもう拭きあげを残すのみのようで、雑巾を片手に出迎えてくれた彼女に、エレンは挨拶の形に口を開けたまま固まった。
いつも通りだと言ったが、一つだけ、普段と違うところがあった。
ひらりとひらめくスカート。裾から覗くのは、細くまっすぐに引き締まった、白い太もも。兵団にいた頃のようなひざ上のブーツを履いているため、そのまばゆい白さがやけに目につく。
壁の隅まで拭こうとリヴァイが腰を曲げて屈んだところで、エレンは顔を真っ赤にして叫んだ。
「兵長!!あんた何してんですかそんな短いスカートで!!下着が見えちゃうだろうが!!!」
一瞬、かなり際どいところまでちらりと見えてしまった。男として噂のラッキースケベを喜ぶ心が全くないとは言えないが。言えないが。
きょとんと振り返ったリヴァイは、エレンの顔色を見て、気まずそうにスカートの裾を引っ張りつつ姿勢を正した。ババアのぱんつくらいで騒ぐなよと言いかけたが、エレンははっきりと下心持参でやってくる求婚者である。さすがに酷だろう。
「悪かった。こんなもん着慣れないから、長さを意識していなかった。気をつける」
「ほんとですよ……もしこれが俺以外の男だったら、何が起こってたかわからないんですからね!」
素直に受け止めたリヴァイにエレンも顔色を落ち着けて、しかし目のやり場に困ると視線を逸らした。
「ていうか、どうしたんですか?ミニスカートなんて」
これまでリヴァイが着ていたスカートは、ひざ下丈かくるぶしまでのロングスカートばかりだった。ブーツでなくパンプスのときは必ずロングスカートだったため、足の露出などほとんどなかったと言っていい。
勿論エレンはそれに不満を持ったこともない。女性の足というのは、パートナーだけが見ることの許される神秘であるべきだ。慎ましやかで清楚なロングスカートは、リヴァイによく似合うと思っている。
突然どうしたんだろうと一抹の不安を宿すエレンに、リヴァイは小首を傾げて、事も無げに言った。
「新しい服を買いに行ったら、そこの店員が、私くらいの年頃の女は今時こういうのが流行りなんだとしきりに勧めるから。そういうもんかと面倒になって買ってみたが、やはり似合わないか」
「いえ、似合わないってことはないですけど……」
掃除を終えたらしく、リヴァイはそのまま雑巾とバケツを手に外の水場へ行ってしまった。エレンは顔を覆ってため息をつく。
おそらくその店員は、リヴァイの年の頃を勘違いしている。
世相を反映したような開放的で前衛的なミニスカートが流行っているのは、主にエレンの世代から下の女性たちだ。
ひらひらと晒される太ももをもっと堪能したい気持ちを抑えて真実を告げれば、リヴァイは真っ赤になって即着替えると、ぎゅっと唇を噛んで恥じ入った。
「エレン、すまなかった。知らなかったとはいえ、おかしいとは思っていたんだ。いい年こいたババアが足出して闊歩するなんて、不快な思いをさせてしまった」
「えっ!いや、そんなことないですよ。兵長はババアじゃないし、似合ってたのは本当です」
しゅんと俯いて小さな肩を更に縮めてしまったリヴァイに、エレンは慌てて言い募る。
「本当にかわいかったですよ!ただ、兵長のきれいな足を他の害獣どもに見られたくないじゃないですか」
「誰も見ないと思うが……もう穿かないから大丈夫だ。クリスタ辺りにでも譲るからお前持って行け」
「えぇっ俺に兵長の脱ぎたてスカートを渡すんですか!何するか自信ありませんよ勘弁してください!」
「……お前のその明け透けさこそ勘弁しろよ」
珍しく殊勝にしていれば、一体何の宣言をしているのか。
がくっと肩を落としたリヴァイだったが、再び顔を上げたときには、口元を僅かに綻ばせていた。
何というか、まぁ、エレンらしい。そう思ったら、自分の無知も含めて、どうにもおかしくなってしまった。ため息とともに顔に落ちかかった髪を掻き揚げて、リヴァイは椅子の背凭れに身を預けた。
「しかし、これで夏物のスカートが心許なくなった。洗い換え用に買い物をしたはずだったんだが。店員というのは存外信用ならんな」
「あ、じゃあ!今から一緒に買いに行きましょう」
「はぁ?」
ばっと立ち上がって言うエレンに、リヴァイがぎょっと目を見開く。
「一緒にって……お前女物の服の店なんてわかるのか?言っとくが私に馴染みの店なんかねぇぞ」
「大丈夫ですよ!ちょうどこの前、クリスタやミカサたちに荷物持ちさせられて。兵長に洋服をプレゼントするならどの店がいいか、聞いちゃってましたから!」
「何でお前に服なんか買ってもらわなきゃならん、おい待て引っ張るな!」
慌てる間にすっかり強引に連れ出された。素早く飛び乗った馬上から手を差し伸べるエレンに目を白黒させる。
「兵長、ほら早く。俺の自由時間終わっちゃいます」
「うるせーよ仕事しろ。大体なんだその手は」
「ビーマスじゃ街まで走るの辛いでしょ?だっこしてあげますから一緒に乗ってください」
「はぁ!?」
先程より更にぎょっとして硬直したリヴァイを、エレンは問答無用とばかりに馬上へ引き上げた。小さな体を横乗りの状態で腕の中へ納めると、瞬時に馬を駆けさせる。
「エレン!何の真似だバカ、下ろせ!」
「だめ。大丈夫ですって、俺が兵長によく似合う服を選んであげますから」
「わ、わかった行く。行くから戻れ。財布がない」
「デートに行くのに何で女性に財布持たせるんですか。俺そんな甲斐性なしじゃないですよ」
「デ…………っエレン、頼むから。部下に服なんて買われたらおっ、わ、私の面子に関わる」
「俺もうただの部下じゃないし。好きな女性に服の一枚や二枚や十枚贈りつけるなんて男なら当たり前の思考でしょ?下心はあるんでそんなに気にするなら次のデートの約束してください」
暴れだしそうなリヴァイを、もう大人しくしてくださいときつく抱き寄せて、エレンは笑顔全開で馬を急がせた。
一緒に買い物をしてみて、リヴァイに一回り下の世代の流行りものを勧めた店員の気持ちがよくわかった。
物慣れない様子でおずおずと店を歩き回り、勧められたものを体に当てて姿見を覗いては自信なさげに眉尻を落とす、その様は妙齢の女性というにはあまりにも愛らしいものだった。