リヴァハン(未満)で過去捏造。特にハンジさんの捏造激しいのでご注意ください!
頭の中で何度も何度も思い描く。
より無駄なく、的確に、素早く、巨人のうなじを削ぐ動き。
どうすればそうできるか、ハンジの頭脳は理解している。重心のかけ方から筋肉のしならせ具合まで、はっきりと浮かべることができるし、言葉で説明もできる。
けれど、悲しいかな、ハンジの体は普通の人間のそれだ。鍛錬を積み、精鋭揃いの調査兵団の中でもトップクラスの討伐力をつけても、思い浮かべた通りに動きをなぞることはできやしなかった。
理想は叶わないから理想なのだ。
そう思っていた。
あの日、快晴の青にはためく翼を目にするまでは。
狂犬とバケモノのワルツ。
「ちょっと!そこのアンタ!アンタだよ、ちびっこいの!」
「…………何だてめぇは」
無理矢理肩を掴んで引きとめた小さな男は、ひどく不機嫌そうな、据わりきった眼差しでハンジを睨んできた。
彼のことは知っていた。稀代の切れ者と言われるエルヴィンが直々に傘下に収めて引き連れてきた、地下街の魔物。上官の目を盗んではヒソヒソと交わされる噂話は、ハンジの耳にも届いていた。
しかし、いくら人間相手にどれほど強くても、調査兵団が相手取るのは巨人だ。大きさも速さも人間とは比較にならない、そんな相手との戦い方は当然対人間とは何もかも違う。使い物になるのかどうか、怪しいものだ。
どんなに鳴り物入りで入団しても、新兵は死ぬ。生き残る者も、さりとて生き残る以上の成果など、初陣で求められるはずもない。
だから、ハンジは新兵に興味がなかった。魔物であろうと例に漏れず、ちらと顔を見ることもしなかった。
しかし今、ハンジの興味は一心にこの男に向けられている。
「アンタ、すごいね!新兵のくせに、初めての壁外調査でもう討伐数二桁なんて、そんな奴見たことないよ!」
普通なら眉唾物だ。しかし、ハンジは確かにその目で見た。
彼が飛び、うなじを削ぎ、次の目標へ向かう姿。冷静で迷いなく、恐怖で躊躇しないから無駄もない。
理想そのものの動きだった。
あの瞬間の驚愕といったら!全身がぞくぞくと粟立って、壁外でトリガーから指が外れるほど手が震えるなんて。
リヴァイというこの小男は、間違いなくバケモノの類だ。
そしてハンジは、そんなバケモノが現れるのを、心待ちにしていた。
「アンタはあたしの理想だ。あたしに協力してよ。もっともっと、巨人を殺せるようにしてやるから」
気持ちの悪い巨人どもに思い知らせてやろう、人間サマの怖さってやつをさ。
そう言って笑いかけたハンジの腕を、リヴァイは、
「……うぜぇ」
吐き捨てるように振り払って、歩き去っていった。
ハンジは諦めなかった。
巨人をたくさん殺すためには、どうしたってリヴァイが必要だ。彼の力を要にすれば、今までには理想論でしかなかった策をいくらでも実行できる。
―――アンタももっと強くなりたいと思うだろ?
―――巨人がどれだけ無駄に人間を殺したと思う?忌々しい!
―――死んでいった仲間のためにも、巨人を根絶やしにしてやる。
―――班の訓練なんてどうせ生温いことやってんだろ?あたしに任せなよ。
毎日毎日、リヴァイに話しかける。どうしたらもっと強くなれるか、どうしたらもっと巨人を殺せるか、一生懸命に話した。
なのに、リヴァイは聞いてくれない。ハンジの方を見向きもしないし、ハンジが近付くと嫌そうに眉を寄せて、すぐにどこかに行ってしまう。
どうしてだろう。ハンジにはわからなかった。
調査兵団は巨人を屠ることもその職務の一環に含まれる。上官たちは調査の本分はそこではないと言うけれども、ハンジはむしろ、それこそが調査兵団の意義だと思っていた。
壁外から情報になりそうなものを拾ってくる、こんな子どものおつかいのようなことにこれだけの被害が出るのは、まとわりついてくる巨人を殺せないからだ。
だから、巨人の上手な殺し方について、なんてこれほど有益な話もないというのに、どうしてリヴァイは嫌な顔をするのだろう。
できないことを聞かされるのは嫌かもしれないけれど、リヴァイにはできる。ハンジの思い描いた、理想の全てが。
もしかして、リヴァイは、やる気がないのか?
そう思ったら、もう我慢できなくなった。
「……いい加減にしろよ!聞いてんのか、リヴァイ!なぁ!」
がつっと胸倉を掴んだら、リヴァイの踵が浮く。小さい男だ。こんな奴が、誰よりも巨人殺しがうまいって?ふざけてる。
「こっち見て話聞けよ、もっと強くしてやるって言ってるだろ?興味ないとか言わないよな、巨人はあたしら調査兵団の敵だ。アンタもエルヴィンについてきて、今ここにいる以上は、巨人を殺すのが仕事だろう」
「………………」
「だんまりかよ、何とか言えよ!」
掴んだ胸倉を揺さぶって怒鳴るハンジを、リヴァイはいかにもうんざり、と言いたげな目で見ていた。
「離せ」
軽く捻るような簡単な手付きで腕を外される。そのまま肩を押されたハンジがたたらを踏む間に、リヴァイはさっと服の乱れを正した。
「誤解してるようだから言っとくが、俺は職務を放棄するつもりはない。自分の役目が何か、お前に言われなくてもわかってる」
「……っじゃあ何であたしの話を無視するんだよ。エルヴィンの言うことしか聞きたくないとでも?」
「別に。仕事だからな、上からの命令なら従うし、有益な話なら聞く。相手がエルヴィンであろうと、そうでなかろうと」
ただ、と言い置いて、リヴァイはちっと舌打ちした。面倒くさい、とはっきり書かれた表情のまま、ハンジに背中を向ける。
「話がしたいなら、まずはその汚ぇ口調を何とかしてくるんだな」
地下街の男並みに口汚い女と会話する趣味はない。
そう言ってスタスタと消えていった背中を、ハンジは引き止められなかった。
まるで貴族のぼんぼんみたいな注文、彼が本気だとは思いにくい。そんなどうでもいいことを挙げ連ねてまで距離をとる、それはつまり、話の内容如何に関わらず、ハンジという存在と関わり合いになりたくない、ということだろう。
なんというあからさまな。
口調が汚い?そんなこと、アンタにだけは、言われたくない!!!
開いた口が塞がらないとはこういうことか、と実感する、稀有な体験をしてから数日。
飼い犬の躾がなってないとエルヴィンに散々噛みついたし、あれからリヴァイに話しかけてもいない。
けれど、ハンジの目はついあの理解不能な小男の姿を追ってしまっていた。
だって仕方がない。本当に、リヴァイの立体起動はハンジの理想そのままで、あんな動きができる人間はきっともう現れないとまで思える。
リヴァイは誰よりも美しく飛ぶ。そして、誰よりも速く深く、巨人を削ぐ。
自分がああなれたら、どんなによかったか。あの体が欲しかった。心底そう思うほどの腕前を目にして、彼に関心を持たないなんて、悔しいけれどできるはずもない。
そうしてまごまごと様子を窺っていた昼食の時間、珍しく彼の前に席を取るものがいた。
「やぁ、リヴァイ。ここいいかな?」
「ナナバ、だったか。どうぞ」
陰気なリヴァイとわざわざ昼食を一緒しようだなんて、奇特なやつもいたもんだ。そう更に興味をひかれて、首を曲げて注視したハンジは、目を丸くした。
「名前、知っててくれたんだ。嬉しいな」
「何か用か?」
「なんだい、私がリヴァイと一緒に食事をしたいと思ったらおかしい?」
「……………………で?」
「まぁ、頼みたいことがあるんだけどね」
ナナバ。実力もあるし人当たりもいい彼女のことは、ハンジもよく知っている。しかし、彼女とリヴァイが会話しているところを見たのは、これが初めてだ。
「やっぱりあるんじゃねぇかよ」
「そう言わないでよ。ほら、今度の分隊編成で、初めて合同班になるからさ」
「あぁ……演習の件か?」
「うん。うちの班で色々話していたんだけど……」
リヴァイは相変わらずの仏頂面だし、ナナバもリヴァイへ特別な関心は向けているわけじゃない。二人はほぼ初対面に相応しい、それなりの距離感で淡々と会話を続けている。
そのことに、ハンジは、くわえたスプーンをぽろりと取り落とすほどに動揺した。
今の気持ちを、どう言い表せばいいのだろうか。リヴァイもあんな穏やかに会話したりするんだ、という驚き。自分のことは無視したのに、というショック。ナナバの社交性の高さへの感嘆。あとは、あとは。
「……あっそう。あーいうのなら文句ないってわけ?」
さすが女の趣味もよろしいですこと!そりゃあナナバは穏やかで上品な口調だし上下同期皆に評判いいし?狂犬なんて呼ばれてるあたしとは、比べ物にならないでしょうよ!
沸々と、胸のうちに湧き上がる何かに、ハンジはぎらりと目を光らせる。
魔物だか何だか知らないが、上等じゃん。狂犬ナメんなよ。
「やぁ、リヴァイ。ここに座ってもいいかな?」
その瞬間、食堂内はどよっとざわめいた。話しかけられたリヴァイもまた、目をぱちくりさせて固まっている。
「ねぇ。わ・た・し、ここで食事をしたいんだけど、いい?いいよねぇ?」
彼の隣の席にトレイを置いて、そう話しかけたのは、ハンジだった。
至近距離でにやにやと口元を歪ませているハンジに、リヴァイはようやく意識を取り戻し、苦りきった表情で頷いた。
「ありがと、リヴァイ。初めてだね、私のお願い聞いてくれるの。嬉しいな」
「…………そりゃよかった」
「ねぇ、何か言うことはない?」
「何が」
「私、すごく変わったでしょう。リヴァイ、あなたのためだよ」
この瞬間、またも食堂内がざわざわっと揺れた。リヴァイはぐぅっと更に眉根を寄せて、凶悪極まりないメンチ切りをご披露する。
「てめぇ……何のつもりだ」
「言葉遣いってやつを勉強したのさ。あなたと話したいから。どうして怒るの?あなたの言った通りにしただけなのに」
「やめろ。おかしな言い方するな」
「おかしなって?どこが?口の汚い女は嫌いだって言ったじゃない。まだ足りない?リヴァイのためなら、私、もっとがんばるよ」
「だから!その……っ」
声を荒げてハンジに顔を向けたリヴァイは、その周囲から向けられる相当数の関心の目に気付いて、言葉を呑む。
ぱくぱく、口を動かして、結局、
「…………あぁ、もう。わかった聞く、巨人の話だろうが何だろうが聞くから。頼むからそのふざけた言い回しをやめてくれ。頭がおかしくなる」
深いため息と共に顔を覆って背もたれに沈んだ彼の、はっきりと揚げた白旗に、ハンジはにまぁっと破顔した。
困惑して弱りきった、リヴァイのこの顔!
また沸々と胸の内に湧き上がる、この感情は、この前とは違う、高揚とでもいうべきだろうか。にたにたと口の端が上がるのを抑えられない。
「本当?じゃあこれからは、私たちはお友だちだ。仲良くしようね、リヴァイ」
「てめぇ……っち、この、クソメガネが。寒々しい」
無愛想で、平淡で、小さくて、そのくせ理想的な翼で飛ぶこの美しいバケモノを、こんなにも自分が困らせている。それが楽しくて仕方がない。
なるほど、やはり自分に「狂犬」の名は相応しかった。そう思って、ハンジはくふふと声を漏らして笑った。
最初は割と噛み合わない→長年生き残りお互いペースを尊重できるように→得意分野で補い合う相棒に、ていうリヴァハンがいいなと夢見る(照)