こういう兵長が好きだ、という個人的主張をあますことなく詰め込んだ小編。
エレリだったりエル←リだったり。ミカサだったり。何となく繋がってる気もしたり。


■限りなく対極にありながら限りなく似ている。

 こうして地下室でひとりになると、考えることがある。
 自分はとうとう、この世界の中で、本当に異質な存在になってしまった。
 人間だが、巨人になる。巨人になるが、人間を食べない。
 こうなる前から、自分に異質な部分があることはわかっていた。人を害する人を殺せた。誰もが諦めて目を逸らす先の世界をいつも望んでいた。恐怖に怯える人の群れの中で、明確な憎悪でもって巨人を見据えることができた。
 けれど、それでもまだ、ちょっと変人くらいのものだった。つまり人間だったのだ。何の疑いもなく、誰何される必要もないほど、はっきりとそうだった。
 しかし今は違う。
 別にどうでもいい、とにかく巨人をぶっ殺すのに、この力はとても使えるし価値がある。誰よりも力を望んでいた自分にこれがもたらされたことは僥倖だった。もっともっとうまく使って、もっともっと駆逐してやりたい。
 「異質なエレン」はそう思ってひたすら突き進む一方で、この暗闇と閉鎖空間が、自分の中の「人間」を引きずり出してくる。
 もう自分は誰とも同じじゃない。ミカサともアルミンとも、本当の意味で一緒に生きることはできない。いつかの未来を想像すると吐きそうになる。どうせもうこの世界で自分はひとりぼっちだ。
 巨人が憎い。絶対に全滅させてやる。
 でも、巨人を全部殺してしまったら。そこから先、一体自分はどうしたらいい?

「お前と俺は、全然違う。だからこそとても似ている。そう思わないか」
 突然聞こえた声に驚いて顔を上げたら、兵長がいた。
 いつの間にここへ来ていたんだろう。ベッドの縁に座って目を開けたまま、まさか寝ていたんだろうか。ランタンの明かりにすら気付かなかった。
 ぱちぱちと瞬きをしていたら、兵長は呆れたように肩をすくめて、隣にぼすんと座った。
「……なんだ、生きてたのか。瞳孔開きっぱなしで絶望のどん底みたいな顔して動かないから、こういう死に方は初めて見たと思ってしばらく観察しちまったぞ」
 緩く組まれた足の先を見ながら、ハハ、と乾いた笑いを返す。まだ頭がぼんやりしている。兵長が急に話しかけたりするから。自分をうまく取り戻せないじゃないか。
「なぁ。どう思う」
「何がですか?」
 なんだよ聞いてなかったのか、と不満げに言われて、ようやく先ほどの兵長の言葉を思い出した。
「俺は人間の中でも体が小さい方だが、誰より多く巨人を殺せる。だから人類最強なんて持ち上げられてる」
「持ち上げるなんて言い方、おかしいです。兵長は強くて、誰よりもずっとずっと強くて、だから人類最強、当然の評価じゃないですか」
 憧れの兵長を、例え兵長自身にでも悪く言われたくない。なのに兵長はフンと鼻を鳴らして天井を仰いだ。向けられる評価も憧憬も、まるで興味がないという顔だ。
「エレンよ。あの地下牢で、お前がとにかく巨人をぶっ殺してぇって言ったとき。お前どんな顔してたと思う」
「さぁ……なんか、あの辺色々ありすぎて、あんまり詳しく覚えてなくて」
「怖い顔だったぞ。なかなかよかった。俺に蹴られた後もそうだった、憲兵団のクソ共すげぇびびってたろ。あれは傑作だったな」
 笑わないように我慢するのが大変だった、と相変わらずの無表情で言われても、本気なのかジョークなのかさっぱりわからない。ハハ、とまた乾いた笑いを返した。
 突然何を言い出すのか。話の意図が読めなくて戸惑う。そういえばこんな風に指示や命令や質問以外で兵長と話をすることなんて今までにあったかなと考えて、それならわからなくても当然かとつらつら滑る思考を止めた。
「オレと兵長が全然違うっていうのはわかります。だって兵長は人類最強で、自由の翼の象徴だから。誰もがあなたに憧れる。オレとは違います」
「そうだな。お前は人間なのか巨人なのかもあやふやで、人間にしろ巨人にしろ力も制御も中途半端で、そのくせ憎悪にまみれた顔してデカい口叩くことだけは一級品だ」
「……だったら、何で似てるなんて言うんですか」
「だって似てるだろ?」
 顔を仰向かせたまま、視線だけがこちらに向けられる。

「お前も俺も、巨人を上手に殺すための大切なお道具だ」

 兵長の、灰色の虹彩も、青みがかった白目も、ひたりと静かで揺らがない。
 しかしその裏側に、くすぶって消えない怒りや憎しみのような、哀しみのような、吐き出したい、けれど取り出したら嫌悪にえづいてしまいそうな、それを感じた。
 この人も、持っているのか。
「エレン、お前が望もうが嫌がろうが、この先お前はたくさんのものを背負う。気持ちのいいものも、クソみてぇに不愉快なものもある。投げ捨てたときが命の終わりだ。だから背負って進むしかない。お前が生きるのはそういう道だ」
 圧倒的に誰よりも強い彼が、人でありながら人間の枠から外されて負わされたものは「全人類の未来」だ。どんなに重い枷であっても、彼だけは斃れることを許されない。
 人類最強という言葉で飾られた、異質な者。世界でたったひとりの。
「まぁ、先々どう転ぶかわからんが。お互いうまく仕事をやり終えたら、どう死にたいかくらいは選ばせてほしいもんだよな」
 あぁ、本当にこの人はどこまでも憧れの人であり続けるのだ。真っ暗な視界に翻る自由の翼、あの背中だけはきっとずっと見失うことはない。
 嗚咽を漏らして泣きじゃくるオレの横で、兵長は内地の豚野郎どもの贅肉を有効活用する方法はないか真剣に考えているとか、憲兵団の奴らからイカサマポーカーでふんだくってやったら気持ちいいぞとか、その辺のガキより下品なおっさんジョークをずっと飛ばしていた。

 オレはそのおっさんジョークが結構好きで、それを聞いている間は自分が本当にただの子どもに戻れたようで嬉しかったから、それから後もねぇあの話してくださいよとねだることがあるのだけれど、それはまた別の話。


■自由を求める子どもと自由の先が見えている大人

 兵長はどうして調査兵団に入ったんですか?
 期待に輝く金の瞳に見つめられて、リヴァイはあーとかうーとか曖昧に唸った後、刈り上げたうなじをかしかし掻きながら言った。
「お前……エレンよ。そういうことなら、ハンジ辺りと話した方がまだ満足いく答えが聞けると思うぞ」
「えぇ、何でですか?オレは兵長に聞きたいんですよ、兵長のことが知りたいんです」
 案の定ぶーたれて文句を言ってくるエレンは、新兵のくせに大概態度がでかい。
 審議所での一件から暫くはリヴァイの接近にびくびくしていたくせに、以降どんな失敗があろうと一度も手を上げない上官にすっかり安心したのか何なのか、こうやって喰らいついてくるようになった。
 リヴァイは育ちが育ちであるので粗暴な言動はあるものの、決して乱暴な男ではなかった。力というものは必要があるから揮うもので、意味も意図もなく見せつけるものではない。
 顔が怖いからか口が悪いからか、新兵には軒並怯えて遠巻きにされるものだが、案外に律儀だし、実はお茶目な一面も持っている。
 そういうところがエレンにも伝わって懐いてくれたのだと思えば、嬉しくもあるが。
「別に、お前が期待してるような理由なんか何もねぇよ。何か目的があって入団したわけじゃねぇんだ」
「え……その、例えば、巨人ぶっ殺したい!とかでもいいんですよ?」
「いや。俺は別に巨人になんて何の興味も持っちゃいなかった。今じゃ死んでった奴らの分も削ぎまくってやろうと思ってるが、昔は何されたわけでもあるまいし、飯の種にもなんねぇもん気にしてもな」
「じゃ、じゃあ、自由になって色んなとこに行ってみたいとか」
「……エレン、さっきからそりゃお前の話だろうが」
 ぶすくれたガキ丸出しの顔をするエレンに、ふーとため息をついて、リヴァイはソファへ身を投げた。背もたれに片腕をまわして、軽く足先を組む、いつもの姿勢に落ち着く。
 エレンはリヴァイを英雄視している。別に珍しいことではない。英雄に求められる答えのいくつかを、リヴァイは知っている。エルヴィンが口にする、理想的な模範解答を真似るだけだ。
 しかしリヴァイは、意味のない嘘をつくのは嫌いだった。ましてやエレンなど兵団に所属する限り延々と傍に置く存在だというのに、いちいち体面を繕うのも面倒くさい。
 お前はがっかりするかもしれないが、と前置きをした上で、リヴァイはエレンをちょいちょいと手招いて隣に座らせて話す。
「俺は地下街にいた。あそこで俺はいつも自由だった。搾取されずに生きる力があったからな」
「そんなの……」
「あーうるせぇ、お前の言うことなんざわかってるから黙って聞け。あのときの俺が自由でないとしたら、その原因は巨人じゃない。地上の人間共だ」
 エレンが目を見開いて固まった。そりゃそうだ。
「地下にいる限り巨人なんかおとぎ話だ。実害があるだけ人間の方がよっぽど悪い。まぁ主には貴族やら憲兵やらのクソ共だが、地上の人間はそれだけで地下の俺たち全てをゴミと思って扱える上等な存在だからな。お前がガキんとき殺人の罪を問われなかったのは、相手がそういうゴミで、お前が立派なお医者の息子だったからだろ」
 ハンジが聞いたら、子どもに社会の汚い裏面を見せるんじゃないと怒るだろうか。少し考えたが、もう話し始めてしまったしまぁいいか、と結局考えるのをやめてしまった。
「だから、人類のためにとか立派な気持ちなんかこれっぽっちもなかったし、自由ってもんに憧れもなかった。強いて理由を挙げるなら、地上でも自分の力で生きていけるとしたら、そっちの方が清潔に暮らせると思ったくらいか」
 言葉にしてしまうと、本当に何の感慨もないものだと自分でも思って、リヴァイは首を捻って苦笑した。
「でも、オレも、開拓地にいるときは。パンの配給を受けるにも罵倒されて、下着一つ新調するのもままならなくて、惨めでした。でもそれは、巨人のせいだ。巨人がいなくなりさえすれば、皆自由になれる。好きなとこで好きなように生きられる。もうあんな思いしなくてすむ。違いますか?」
 エレンが目を見開いたまま言う。少なからずリヴァイの話に困惑して、どう捉えればいいか迷いながらも、信念は曲げない。そういう目をしていた。
「…………そうだな。お前はそのために、力を尽くして戦えばいい」
 とてもエレンらしいと思って、リヴァイは頷いてやる。エレンがぱっと顔を明るくしてこちらを見てくるので、茶、と言いつけて目を閉じた。

 炊事場へ入っていくエレンに、決して聞こえない小さな声で呟く。
「どうせ人間のすることは変わらねぇよ。力の強い奴が、弱い奴から奪って生きる。巨人が人を食うように」
 無事巨人がいなくなったら、次に人類から自由を奪うのは、王族か貴族か、もしかしたらこの兵団になるかもな。
 年若い彼に突きつけるには、とても酷な話だが。現実とはそういうものだ。

 ……まぁ、でも。せめてエレンたちのような子どもが、好きなところに旅をして大きくなる、そんな夢くらいは守ってやりたいと願うのも、大人の役目だろう。
 たったひとりで生きていける自由だったリヴァイの背中に、また一つ荷物が増えた。しかし悪くない、と思う。
 数多と背負った希望と夢と命、その重さが、今のリヴァイを戦わせる理由なのだと、言葉にはしないけれど。


■エル←リ←エレ

「俺がこの世で嫌いなものを三つ挙げるとしたら、巨人・不潔・ホモヤローだ。覚えとけ」
 これが、思い詰めた末に絞り出した勇気で告げた想いへの返答だった。
 それってあんまりじゃないのか。
「いやいやいや。何ですかそれ。純真な青少年の真心をもっと真剣に受け止めて考えてみてくださいよ」
「ふざけんなてめぇ獣まるだしのギラギラした目で純真とか笑わせんなよ。まじねーよ。背丈と性欲ばっか一人前かコラ」
「兵長、ひどい!!」
 うわぁんと泣いて抗議しても、エレンの過去の所業をしっかり把握している彼は全く動揺もしてくれない。あーハイハイあざとイェーガーくん泣かないんでちゅよーとか馬鹿にした態度であしらわれた。
 くっそむかつく。
 平素、リヴァイに対しては憧れと畏敬の念を前面に押し出したわんこモードでいるエレンだが、本来は勝気で頑固で、これと思ったら強情だ。つまりはさすがリヴァイの観察眼は狂いなく、ちょっと拒絶されたくらいで尻尾を巻く人間ではなかった。
 相手にされないイラつきと悔しさをありありと瞳に宿して、エレンはフンッ!と顎を上げて上官を見下ろす。
「いいんですか、そんなこと言って。オレ知ってるんですよ?」
「あ?」
「兵長、団長のこと好きでしょう」
 どやぁ、まいったか!
 とでも言わんばかりのエレンに、リヴァイはきょとりと目を瞠った。哀愁と貫禄をたっぷり乗せた半眼の視線が消えたことで、童顔そのままの表情が現れる。
「……なんで知ってんだ?」
 びっくりしたじゃねぇか、という呟きも追ってきた。この人は、本当の根っこの素の部分は、案外結構かわいらしい。
 そのギャップにやられた身としては、心の兵長メモリアルに即行スケッチしておきたいところだが、理由が理由だけに泣けてくる。
「そりゃわかりますよ!オレがどんだけ兵長を見てると思ってんですか。兵長が団長を見てるのと同じくらいずっと見てんですよ、わかるに決まってんでしょ!あーむかつく!」
「そんなに見てない。ふつうくらいだ」
「あれがふつうならオレもふつうですよ。つまりね、兵長ホモヤロー嫌いとか言って、団長も男ですよ。兵長が好きな団長も、実ったらどうせホモヤローですよ」
 やけくそでぺぺぺっと吐き出すように嫌味を言えば、リヴァイは呆れたような半眼に戻り、やれやれと腕を組む。
 まるで子どもを諭す大人そのままの様相で、
「何を言うかと思えば。エルヴィンはホモじゃねぇから大丈夫だ」
 まるでわけのわからないことを言い出した。
「いや……ちょっと意味がわかりません」
「なんでだよ。エルヴィンは絶対にホモヤローなんかにならねぇっつってんだろ」
「そっちこそ何なんですか。だってそれって、兵長がどんなに好きでも、団長は兵長を好きになってくれないってことになっちゃいますよ?」
「あぁ、そうだ」
 リヴァイは平然と頷いた。それは何ですか?蒸かした芋です。そんな感じで。
「俺がどんなに気を許して、寄り添っても。あいつがどんだけ俺を頼って、重宝しても。エルヴィンは絶対に、俺を抱きてぇとか思ったりしねぇ」
 だからいいんだ。
 そう言ってエレンを見ている目は、まっすぐで揺らがない。この人は本当に、心から、そう思っているのだ。
 エレンは悲しくなった。
「……兵長。もう、オレにしときましょうよ。オレ、若いし一途だし、掃除得意になりましたよ。巨人になれるけどそうそう死なないし、ホモヤローだけどあなたしか見てない、ずっとずっとあなただけですよ」
 あなただって、幸せになったっていいんですよ。だからオレにしときましょう。
 エレンの告白に、リヴァイは困った顔をして、しゅんと項垂れてしまったエレンの頭を、いつまでも撫でていた。


■巨大樹の森戦後 ミカサとリヴァイ

 処置を終えた医者が出て行く。
 暫しの安静は厳命されたものの、回復する範囲の怪我でよかった。とりあえずまだ自分には戦う術が残されたらしい。
 リヴァイは安堵の息を吐き、首もとのクラバットを抜き取った。治療のために左をやむなく引き裂いたズボンもみっともないし、手早く着替えてしまわなければ。
 その前に、軽くでも体を拭いたい。誰かに湯の調達を頼もうかと思ったところで、タイミングよくドアがノックされた。
「……リヴァイ兵長。ミカサ・アッカーマンです」
 意外な人物の登場に、リヴァイは一瞬目を眇めた。
 入れ、と促せば、彼女の手には湯桶やタオルが携えられている。ますますもって意外な行動だ。
 ミカサとは今回の戦闘まで特に接触も親交もなく、それどころかエレンを監視し痛めつける存在として積極的に憎まれていることをリヴァイも理解していた。個人的にはおろか、上官としても敬う気持ちなど欠片もない態度だったのに。
「先ほど、団長に女型との戦闘について報告をしました。そこでリヴァイ兵長に、清拭道具をお渡しするように言われた、ので」
「そうか。お前も疲れてるところ手間をかけたな」
 いえ、と弱く首を振る彼女は、未だ装備も解いていない。血と泥に塗れたままの姿だ。
 ただでさえ心身に負担の大きな行軍だったというのに、いつまでも薄汚れたままでいては辛かろう。せめて身奇麗にして早いところ休みたい、壁外調査後の兵士たちの率直な本音だ。
 労いの言葉をかけて、休息に入るよう暗に促す。
 しかし、ミカサは俯いたまま、そこを動こうとしなかった。

 暫し立ち尽くしたままのミカサを待ちかねて、いい加減着替えたいから出て行けと命令すべきかと口を開きかけたリヴァイを制したのは、
「…………どんな罰でも受けます」
 そんな呟きだった。
 彼女の目は、リヴァイの左足を注視している。
「何を言ってる」
 はぁ、とため息を吐いたリヴァイに、ミカサが顔を上げた。
「私はあのとき、命令に背きました」
「あぁ」
「聞こえていた。あなたの指示は。でも無視をしました。私ならやれると思った。あなたの命令に従いたくなかった。あの女型、エレンを傷つけた女型を、私が削いでやると思って」
 ひたりと向けられて揺らがないリヴァイの視線に、ミカサの拳が震える。
「……私はあのとき、女型を削ぐことで頭がいっぱいになっていた。エレンを助け出すことを、一瞬でも忘れて、あなたの言う通り。そして、私の間違いで、あなたに怪我を」
 足に施された処置を見れば、早々の復帰が難しいことは瞭然だ。戦闘中も、帰還後、今でさえ、表情に浮かべもしないその痛みはどれ程のものか。
「あなたは人類の最も大きな戦力。あなたは欠けてはいけない人。エレンとあなたの力が、人類には必要。なのに、私が……エレンを守るためでもなく、ただの自分勝手であなたに怪我をさせた。大きな損害を与えました。ので、どのような罰でも受けます」
 ぐぅと音が鳴るほどきつく奥歯を噛んで言ったミカサを、リヴァイは、
「勘違いするなよ、ミカサ・アッカーマン」
 ハ、と鼻で笑った。
「罰が欲しいか?そりゃそうだろうな。歯の何本か飛ぶくらいで償った気になれるなら儲けもんだ。だがな、悪いが俺も兵団も人類も、そんなもんちっとも欲しくねぇんだよ」
 椅子の背に深く凭れる。
「間違えたと思ったなら、取り戻せ。お前が今するべきことは、くだらねぇ後悔を俺に押し付けて自己満足に浸ることか?そうじゃねぇだろう」
 いいか、とミカサを射抜く双眸は冷たく、しかし青い炎が燃えるようだ。
「生きて、戦える内は、いつも前を向け。次を考えろ。もう状況は動いてる。エルヴィンは次の手を打ってくる。だが俺は動けねぇ、お前がやれ。エレンは未熟だ。気持ちはあるが技術が追いつかん。前線に出たらお前が守れ、支えろ。次こそやりきってみせろ」
 その目も、声も、言葉も、研ぎ澄ました刃先のように鋭く厳しい。
 甘ったれるなと放たれる怒気に気圧される。

 その鮮烈な闘気と覚悟に触れて、ようやく目が覚めた。
 ミカサには、5年前のカルラとの別れから、もうずっとエレンだけだった。カルラの言いつけ通り、エレンと一緒にいて守ること、それに必死にしがみついて。
 訓練兵になり調査兵団に入り壁外に出ていても尚、ミカサは「兵士」にはなりきっていなかった。作戦の本質、人類の未来、私を切り捨てる覚悟……兵士として背負い理解しなければいけないものを、ミカサは目に入れていなかったのだ。
 あのとき、リヴァイが出来てミカサには出来なかったこと、その違いはそこにある。

 思わず下がりかけた足を、強い意志で止める。
 もう、この人の前で、恥ずかしい姿を晒したくない。今この瞬間、彼に預けられた期待と課せられた任務の重みを、投げ捨てるような真似はしたくない。
 自らが招いた人類最強の兵士の穴を、全力で埋める。エレンを守り、彼がもたらす人類の進撃を支える。この力を、その歩みの礎とするのだ。
 今までのどんなときよりも重い覚悟をもって、ミカサは拳を左胸に当てた。


■エル←リ←エレ エルヴィンとリヴァイ

 恋、という響きは、三十路の男が使うにはむず痒いものがある。
 エルヴィンのことを好きだろうと言われればそうだと頷く程度に特別視している自覚はあるが、しかしてその実態がそのような甘酸っぱくも可愛らしいものであるのかは難しい。
 男惚れというのが近い。と思う。
 あれほどの器を持った男は他にはいまい。だからこそ彼に下ることを選んだのだ。

「足は」
「問題ない。が、暫く戦線離脱だ」
「問題大ありだろう」
 ソファの隣へドンと力任せに座ったエルヴィンのせいで、リヴァイの体が左右に大きく揺れた。痛ぇ。
「お前が使えないとなると、どれほど作戦に支障が出ると思ってる。女型を誘き出しても誰が削ぐ?」
「ミカサとエレンがいる」
「あぁ、そうするしかないだろうな。不確定で未知数だが」
「……すまない」
 ため息をつかれた。
 あのときの選択に後悔も反省もしていない。だが、エルヴィンの手から選択肢を減らした、その一点だけについては、リヴァイの胸がちくりと痛む。
「違うんだ、リヴァイ。悪かったよ」
 目を伏せたから、落ち込んだとでも思ったのだろうか。
 揺れたついでに傾いていた重心が、エルヴィンの腕に更に傾けられて、厚い胸板に抱え込まれた。猫にでもするように顎の下へ指を差し入れてくすぐられる。
「酷い言い方をした。私がお前をどれだけ必要としているか、わかるだろう。お前が怪我をしたと聞いてショックだった」
「俺だって傷ついてんぞ。お前の一番の駒であることが俺の誇りだ。あの女型は俺の班員の仇でもある。どっちもガキ共に譲ってやんなきゃならねぇ俺の気持ちがお前にわかるか」
「お前が一番だよ、リヴァイ」
 降ってくる猫なで声。ゆるゆると喉元を撫でる指。
 従順にそれらを享受しながらも、どうだかと言うように冷めた視線を投げたリヴァイに、エルヴィンは目を細める。
「早く戻ってきてくれ。女型の次は鎧と超大型を引きずり出す。お前の獲物だ」
 穏やかそうな見た目に反して、ぎらつくその瞳が語っている。
 人類の敵を絶対に逃がさない。削ぎ尽して必ずや勝利を掴む。そのために働け、と。
 この目に魅入られてここまで来た。晒される度にぞくぞくと粟立つ背筋、本能で感じる危険、しかし一切の妥協を許さないその在り様がどこまでもリヴァイを惹きつける。
 生きることも死ぬことも、こいつのために使いたい。そう思わせる器を持った男。

 リヴァイは高揚に口元を歪めて、挑発的な強い視線で彼を振り仰いだ。
「鎧はかなり歯応えありそうだが……超大型なんてやだよ。エレンがうなじに迫れたんだろ?グズは嫌いだ」
「ならお前が鎧でエレンが超大型にしよう」
「バカかてめぇ、硬化能力でブレードの通らねぇ鎧を俺がどうやって削ぐんだよ。逆だろ逆。爺みてぇに何でもわがまま聞いてんじゃねーぞ」
「わがままを言っている自覚があるとは何よりだ。冷静で的確な作戦判断に敬意を」
 お得意の微笑みを向けて、エルヴィンが立ち上がる。
 プライヴェートな時間、軽口の応酬は終わりだ。口説き落とそうとでもしているかのような甘ったるい声も、普段通りの芯を持って発せられる。
「この後の作戦についての会議はこちらで行う。お前はエレンと食堂で待機していてくれ」
「……エルヴィン。あいつは大分参ってる。できれば馴染みの二人をつけてやりたい」
「アルミン・アルレルトとミカサ・アッカーマンのことか?あの二人には聞きたいことがある。会議に参加させるつもりだが……どうしても必要か」
 団長として表情を改めた彼には珍しく、少し目を瞠って見下ろしてくるエルヴィンに、リヴァイは視線を逸らしてゆるく首を振った。
「いや……ならいい。お前の判断に従おう」
 エレンには可哀想だが、役目優先は仕方のないことだ。あまり心情面のフォローは得意ではないが、今後の動きに参加できない自分にはそのくらいしか担えることがない。
 こんなとき、ペトラやエルドがいてくれればよかったんだが。
 思っても仕方ないことを浮かべた頭を、エルヴィンの手が撫でてくる。
「お前のそういうところは、私にとっては嬉しい誤算だったよ。やはりお前が一番だ。頼みを聞いてやれないのは辛いが、エレンならお前が傍にいれば大丈夫だろう」
「…………そりゃどういう意味だ」
「さぁ、どうだろうね」
 エルヴィンは食えない微笑みのまま、それ以上は何も言わず部屋を出て行った。
 意味深なこと言いやがって。何をどこまで知っているのやら。
「ったく、たまんねぇな」
 飢えた獣が舌なめずりをする気持ちに似ている。
 こんな血なまぐさい思いは、やはり恋などと呼べるものではないのだろう。


■エル←リ←エレ その後のいつか

 自分でもまったく馬鹿の一つ覚えだとは思うが、初めて口にしたあの日からもう随分経って、未だにエレンの口はたった一人に愛を囁き続けている。
「兵長、好きですよ」
「……お前は本当に可哀想な奴だな、エレンよ」
 憐れみの視線を向けられるのにももう慣れた。
「俺としては、ミカサ辺りとデキりゃいいと思うんだけどなぁ」
 首を捻ってそう言われるのも毎度のことだ。最初はムキになって否定していたが、今じゃ耳タコでスルー。むしろ、そんなにおすすめするほどあいつのこと買ってるんですか、とミカサに対して嫉妬が湧く。逆効果もいいところだ。
「お前とあいつのガキなんか生まれたら、俺は結構可愛がれる気がする」
「兵長、ガキの世話なんてしたことあるんですか」
「いやねぇけど。何となく、何とかなるだろ」
 根拠のない自信をもってうんうん頷いているこの小さいおっさんが可愛くて仕方がない。
 全うな恋愛を勧める彼の気持ちはありがたいが、そんな自分がどうやって女に目を向けられると言うのだろう。
 ぽっかり晴れた青空を見上げて、エレンはふぅと息を吐いた。
「とりあえずキスしません?」
「今の流れのどこをどうしたらそうなるのかさっぱりわからん」
 と言いつつも嫌だとは言わない彼の顎を取って、軽く唇を合わせる。ちゅ、ちゅ、とゆるく吸って、あとは大人しく離れた。

 まぁ、好きだと告げてそれなりの年月が経って、その間何もなしというわけでもなく。
 端的に言って、リヴァイが処理のためでも娼館などに行くのを嫌がったエレンが、邪魔しまくり泣き落としほぼなし崩しに彼に乗っかった。
 普通に考えてホモ嫌いを宣言した人相手にする所業ではなかったが、何だかんだ言ってリヴァイはエレンに甘い。手元で守り育て上げた部下への贔屓心だとしても、そこにつけこめる隙があるのをエレンはしっかり理解していた。
 時と場合を弁えて、リヴァイの体に差し障ったり、立場を傷つけたりするようなことはしない。
 その一線を決して侵さないエレンを、リヴァイは困った顔をしながらも拒否しなかった。
 それからは、キスをしたり、手を触れたり。夜、ベッドの中限定で、肌を合わせてお互いの息子に触れる。本当に時々は、抱きしめて眠ることも許されるようになった。
 浮気なんて絶対赦しませんからとぎらぎら目を光らせるエレンのせいか、リヴァイは他の誰かに手をつけることもなく、もうずっと彼のセックスパートナーはエレンだけだ。

 好きだと言って、俺も好きだ、なんて返ってくるわけじゃないけれど、十分報われていると思う。というか兵長はそんなこと言わない。かつての先輩の台詞に全面同意。
 ただ、一度だけぽつりと告げられた、エレンの宝物。
「俺の嫌いなもの、訂正する。巨人と不潔と、ホモ豚野郎だ。お前はホモヤローだが豚野郎じゃねぇから、まぁ、しょうがねぇな」
 若いエレンがいつか女性を愛し子を育む、そんな夢が捨てられないリヴァイの、精一杯の言葉。不器用で深い愛情。
 今でも団長のことが好きですか、なんて馬鹿らしい質問は、もうする必要もなかった。