幼い頃から、カズは面倒ごとが嫌いである。


罰走の後に


 10キロという他選抜では考えられない距離のランニングを終えて、カズは真っ青な空を見上げた。
 はぁ、とついた息に、隣に立っていた昭栄が顔を覗き込んでくる。
「カズさん、疲れたと?だいじょぶ?」
 水は?と差し出されたものに首を振って、被っていたキャップを手に取った。汗が額を伝う。
 東京選抜に負けた。このランニングはそのペナルティだ。距離自体は毎日15キロ走りこむ自分たちには何てこともないけれど、さすがに試合直後。肉体的にも精神的にも、疲れた。目を閉じて乱れた呼吸を整える。
「はー……。」
 珍しいため息に顔を上げると、昭栄はしょぼんと耳をたれて、顔には『反省中』の文字。
「もう気にすんな。お前だけで試合やっとったわけじゃねかろーが。」
「ん、んー……」
 カズの言葉に、昭栄の口が変な形で閉じる。むぅと引き結ばれているのに口角だけは上がっている。微妙な心境がありありと表れていて、カズは少し笑った。
 確かに最後の一点は昭栄の油断が招いた、かもしれないけれど、正直あれは相手の執念勝ちというか、運が味方したというか。そうは思ったけれど、お前は詰めが甘いと指導した手前、カズはそれ以上何も言わなかった。
 カズ自身にも、心残りが二つ。一つは、最初の一点を許してしまったとき、ファールだと思い込んで緊張を緩めてしまった自分。
 そして、もう一つ。これは自分にはどうしようもないことだけれど。

    渋沢とはやれんかったなぁ……。

 ずっと楽しみにしていたから、やっぱりがっかりした。ライバルの実力は、対戦してこそ実感できるものだ。自分の成長も見せつけてやりたかったのに。
    大体、天下の九州選抜相手に渋沢ば使わんってどげんこつや?
 出てきたのは得体の知れない、なにやら目つきの悪い男。才能はあるようだがおそらく経験が少ないのだろう、DFにフォローされながら、しかし奇妙に印象に残るプレイをする奴だった。
    新体操GKなん!?とか言っとったなこのアホは。
 可愛い後輩の単純さに、カズは少し笑った。初心者同士のPKも、あのときは何をしてると頭を抱えていたが、思い返せば昭栄らしくて、あれでよかったかもしれないなどと思えるから不思議だ。
 しかしなんだろう、とにかく変な奴だった。目は据わっていて表情があまりなくて、いやに態度はでかいし。せっかく認めてやったというのに、しらっと禁句を口にしやがった。
    ったく、ふてぶてしい奴たい。どうせ年下やろあれは。
 渋沢も後輩の教育がなってない。……いや、あれはいくら言っても暖簾に腕押しタイプか。むむ、と眉根を寄せて考えていると、そいつの姿が目に見えるように浮かんできた。
 そうそう、こういう生意気な顔して背だけは高い、ちょうどこんな……

「ふむ……、身長は165だというデータだったのだが、誤りがありそうだな。」

 思考の波に沈んでいたカズが我に返ると、実際目の前に、かの東京の目つきの悪いGKが立っていた。なぜか手にメジャーを持って。

「……あ゛!?ちょぉ待てやコラ、誤りってなんじゃ!!そんメジャーで何するつもりとやこんボケーーー!!!」
 聞き捨てならないセリフに怒鳴るも、目の前の彼は表情も変えず、
「何とは、紙面の情報が虚偽ではないかを確かめるだけだが。」
「虚偽なわけねかろーが!!いちいち測らんでも見てわかれ!!」
「いや、虚偽である可能性は高い。見た目が特に。」
「だーまーれーーー!!!」
 ユニフォームの胸元を掴んでがっくがくと揺らすと、さすがの彼も大人しくなる。全く、人が気にしていることを……
「で?お前こげんとこで何しとーと?一人か?」
 気を取り直したカズの言葉に、少年はうむ、と偉そうにうなずいた。
「次の試合が始まる前に用を済ませておこうと思ってな。」
「用?あー、トイレか。行かんのか?」
「もう行った。」
「じゃあここで何しとーと?」
「今現在、試合会場の方位が不明だ。」
 迷子かよ……。

 何とも態度のでかい迷子を拾ってしまったカズは、仕方ないので会場まで連れて行ってやることにした。まぁどうせ行く先は同じだ。渋沢の試合は見逃せない。
「そういえばお前、名前は?」
 いつまでも「目つきの悪い東京のGK」などと長ったらしく呼ぶのは面倒である。そもそもまず自ら名乗れという言葉は、この男には通用しそうにないので飲み込んだ。
「不破大地。ポジションはGKだ。」
 そんなものはとっくに知っている。いちいちよくわからない奴である。
「ん、不破な。俺は、」
「必要ない、知っている。功刀一君だろう?」
「………………あ、そう…………。」
 くぬぎかずくんて。つっこむ気力もなくしたカズの代わりに、今までむっと黙り込んでいた昭栄が声を上げた。
「おいお前、何年や!?」
 あからさまに敵意のこもっている声にカズは首をかしげたが、不破は特に気にせず淡々と、中二だと答えた。やはり年下か、とちょっとげんなりするカズを尻目に、昭栄が不破に詰め寄る。
「なん、お前後輩のくせにカズさんこつ君呼びすんな!!大体敬語も使わんで、カズさんは先輩やぞ!!」
「知っている。大体のデータは試合前にインプット済みだ。ちなみにお前は高山昭栄君だろう。同じ学年だ。」
「っ、く、君呼びすんな!お前カズさんが声かけてやったけん調子乗っとーやろ!!カズさんはこう見えて面倒見よかだけやけんな!!」
 こう見えて?
「調子に乗ってはいない。普通だ。お前こそ何をそんなに怒っている?呼び名や口調に関して、功刀本人は何も言っていない。ゆえにお前が騒ぐことではない。」
「くぬ、くぬぎぃ!?呼び捨てとや!?お前いい加減にせんや!!」
「いい加減とはどんな加減だ。」
「呼び捨てやめろ、功刀先輩って呼べ、敬語使え、むしろ気安く話しかけんな!!」
「敬語というものは使い慣れない。しかしそれに関しては功刀本人が望むならば検討しよう。また俺の動向についてだが、お前に禁じられるいわれはない。却下だ。」
「な、な……っ!!」
 怒りで言葉が見つからない昭栄に、カズがまずいな、と眉根を寄せた。なだめようと口を開いた瞬間に、

「ではこちらからも一つ忠告をしておこう。お前のその激しやすい単純な性格は改善すべきだな。得なことがない。」
 クラッシャー、地雷直撃。

 血圧が上がるだの心臓に負担がだの講義する不破の声は、すでに昭栄には聞こえていなかった。
「……お前、いい気になんなちゃ!!あんPKが俺の実力じゃなかぞ!!」
 真正面から挑んで玉砕し、カズが凌いだものの決定的なピンチを生んだ、先のPKを皮肉られたと思い込んだ昭栄が、不破の眼前に指を突き立てる。
 ダメだ、完全に怒った。九州選抜が頭を抱えているのを見て、何のことだかわからない不破は首をかしげた。純粋な疑問のその仕種はタイミングが悪く、
「信じられんってか!?ならもう一回勝負せんや!!今度は本気でやっちゃー!!」
 更に怒りを煽ってしまう。二人の間に立ったカズは、慌てて昭栄の手をとった。
「ショーエイ、落ち着け。な?不破はそげん意味で言ったんじゃなかみたいやぞ?」
「か、カズさんまでこいつの肩持つとですか!?」
 うっと悲しげな顔になる昭栄に、カズの表情が揺れる。驚きを動揺ととって、昭栄が泣きそうに顔をゆがませた。
「違う、ショーエ……」
 それ以上聞かずに、昭栄はきっと不破を睨みつける。嫌な予感にカズの顔色が変わった。

「……カズさんの一番の後輩は俺や!!お前なんかに絶対譲らん!!」


 えーと。あれ?
 ぽかんと口を開けたのは、カズたち九州選抜。不破は無表情のまま、かくんと首をかしげた。アホの論理展開についていけなかったらしい。
 とりあえず大声で「カズさんは俺のもんだ」とか言い出さなかったからよかったかな、などと停止した思考の片隅で思ったのも束の間で、
「お前なんでも知ってますって顔しとーばってん、俺の方がもっとカズさんこつ知っとーぞ!!」
 そんなことで張り合われても。
「何でも知っているとは言っていないが、ではお前は一体何を知っているのだ?」
「どーせお前は身長とかポジションとかしか知らんっちゃろ!俺はカズさんのプライベートも知っとー!カズさんの好きなもん知っとーと!?」
「功刀一の好物はパスタにピザだ。」
 え、なんで知ってんの?
「じゃ、じゃあ趣味!!」
「昼寝だと聞いているが。」
 誰から。
 思わぬ強敵に昭栄の眉根がぐっと寄せられる。ここは絶対に負けられないと、闘志が目に満ち満ちている。
 散る火花の間で困惑していたカズは、妙な流れのまま続く二人の言い合いにうんざりとため息をついた。
    何これ、バリめんどくさか……。
 殴りかかるのではと慌てたが、当の昭栄にはそんな様子は全くない。ぎゃんぎゃんとカズの些細なプロフィールを挙げては返され、手が出る暇もなさそうだ。

    あー、もう、めんどい。何かもうどうでもいいや。

「ヨシ、後は頼む。」
 それだけ言って、カズはさっさと背を向け、決勝戦の会場へと歩き出す。突然のあっさりした言葉に、城光は目を剥いた。
「ちょ、待てカズ!お前が止めんや!」
 押し付けられてはたまらない。しかし追いすがる必死の声に返されたのは、晴れ晴れとした声。
「そーいうんは、キャプテンの仕事っちゃろ〜。」
 それを言うなら飼い主であるお前の責任は、と追及する前に、カズは曲がり角へ姿を消した。
 残されたのは、言い合いを続けている二年生コンビと呆然とする城光、それをおろおろと見守る九州選抜の少年たち。彼らには怒れる昭栄を鎮める力はない。
 結局、自分が残ってこの面倒な二人組みの世話をするしかなくなってしまった。ともかく昭栄を落ち着かせて会場へ誘導するためになだめたりすかしたり、道中またいさかいが起こらないよう気を遣って……。
    想像するだけで、胃が……
「ねぇよっさん聞いてます!?よっさんも何とか言ったってください!!」
 かわいそうなキャプテンの心情も知らない昭栄は息巻いて城光を振り返った。その目がびくっと見開かれる。

「……ほー、何か言ったれってか。そーやなぁ、なら言わせてもらおうか……。」
 ふるふると震える背中越し、地を這うような恐ろしい声が耳に届いた次の瞬間。

「お前ら二人とも、罰走10キローーーーー!!!」
 さすがはカズの幼馴染。素晴らしい大音声が木々を揺らして響き渡った。



何で知ってたかって、あれですよ。玲のマル秘ノート(笑)
不破君と昭栄。天才と天然。会話、成り立つのかな…??
Happy Birthday 佐倉様!甘さの代わりに与がいますから!!(笑)受け取ってくださいませ〜!