今日は自分がこの世に生まれた日。
カズさんに出会うために、生まれた日。
ポケットのガム。
自分には幸運の女神がついてるんじゃないのか。朝練のため向かった部室で、今日は練習が休みになったと聞いて、昭栄は半ば本気でそう思った。
自分は一生分の幸運を使ったかもしれない。慌てて電話した先で、カズが今日は自主練の日だと言った瞬間、昭栄は本気でそう思った。
昭栄は中三で、カズは高一で。平日にある自分の誕生日を共に過ごせるなんて、思ってもいなかった。
「あ、会いたかです……!!」
カズは驚いたように少し黙って、渋々といった声で
『……別に、よかけど。なら、放課後いつもんとこに。』
「はいっ!!」
最近の二人のデートコースはもっぱらフットサル場だ。お互いの家のほぼ中間(若干カズの家寄り)にあるそこは、こぢんまりとしてはいるが意外と盛況で、経験を積むにはもってこいの場所である。
「タカは?」
「現地集合ったい。そのうち来るっちゃろ。」
せっかくなので今日は城光や末森にも声をかけた。昭栄は久々に会う仲間にきっと喜ぶし、二人にも昭栄の成長ぶりを見せてやりたい。中身の方は残念ながら相変わらずではあるが……。
さっさと着替えを済ませた末森がコートの様子を見に先に出て行き、更衣室にはカズと城光だけになる。城光もすでに用意を終わらせて、カズは先に行けと手を振った。
「カズ……今日、俺らが一緒におってもよかなんか?タカには言ってあると?」
遠慮がちな城光の言葉に、カズはいぶかしげに顔を上げる。
「よかって何?言ってはおらんばってん、悪いわけなかっちゃろ。」
初対面なわけでもあるまいし。そう言うカズに、城光は困ったように頭をかいて、シューズの紐を結んでいるカズのつむじを見つめた。
……まさか忘れとー、とかなぁ……いや、カズやけんな……。
「カズ、一応言っといてやるけんな。タカの誕生日、7月14日やぞ。」
「あ?」
眉根を寄せて顔を上げるカズに、城光は手を上げて更衣室を出た。一応忠告はしたし、あとはカズと昭栄の問題。巻き込まれる前に退散するに限る。
一方残されたカズは、ベンチに座ったまま首をかしげた。
たんじょうび?いきなり何言っとーとあいつは……??
そういえば、自分は今まで昭栄の誕生日を知らなかった。日常会話で誕生日の話など出たこともないし、カズが自ら「誕生日いつ?」なんて聞くわけもなく。
ふーん、7月14日か。ヨシのちょうど一月前っちゃなぁ。
カズの母は今朝、あと一月でヨシ君のお誕生日ね!と今から大騒ぎをしていた。まったく、一月も先のことで何をそんなに浮かれる必要があるのか……
んん?
……あれ、今日って何日やったと……?
嫌な予感に立ち上がり、ロッカーに突っ込んだ鞄を探って携帯の日付を見ると。
しちがつ、じゅうよん……。
停止した思考の片隅に、バタバタと聞き覚えのある足音が。思い切りよくドアが開いたと思った瞬間、背中からものすごい衝撃を受けて、カズは思わず床に膝をついた。
「かーずさぁ〜ん!!えへへ、ねぇねぇ俺今日誕生日!カズさんとおんなじ15歳!!」
でっかい体でめいっぱい甘えてくる昭栄に、いつもなら暑苦しいと殴りかかるところなのだが。
ど、どげんしよ……。
「あれ、カズさんびっくりせんとですか?もしかして俺の誕生日知ってた?」
「お、おぅ。まぁな……」
聞いたのついさっきだけど。内心の気まずさをごまかすようにうなずいたカズに、昭栄はぱぁっと顔を明るくした。
「ほんと!?俺バリ嬉しかです〜!!そうですよね、だってね、俺たちコイビトやもんね!俺もカズさんの誕生日知っとーですよ〜!!」
その表情と言葉がカズの良心をチクチクと刺激する。そうだ、去年の自分の誕生日、昭栄は選抜でパーティーを開いてくれた。しかも告られた。
いや、それは今はどうでもよかっちゃけど、いやよくなかか……?
んなもん知るか、言わないんだから知らなくて当然だ!と言うのは簡単だけれど、さすがにそれはひどい。そのくらいはカズにだってわかる。
とりあえずお祝い言って、それでごまかして切り抜けるしかなかな。
「ショーエイ、えーとな。その、な。」
「はい?」
にこにこと見つめてくる昭栄に、カズはぐっとこぶしを握った。変に照れるからおかしくなるのだ。誕生日にお祝いを言うくらい、誰でもする、普通のことなのだから。
「お、めでとう。たんじょーび……」
決意とは裏腹にふてくされたみたいな声が出て、情けなさに自ら穴を掘って埋まりたくなった。それでも昭栄は嬉しそうに、えへへーと相好を崩す。
「はいっ、ありがとうございます!!嬉しかぁ〜!!」
何だか喜んでいるようなので、それでいいことにして、カズは慌てて立ち上がった。急いでコートに向かわなければ……!
「まさかカズさんが俺の誕生日知ってて準備してくれとーなんて、全然思わんかったとです。」
ぎくっとカズの足が止まる。準備って、それはつまり……
「カズさん、プレゼントは?」
言われた。思わず立ち止まってしまったことを、心底後悔した。
誕生日を知らなかったのだから、当然プレゼントなどあるわけがない。しかし先程、「誕生日を知っていた」などと言ってしまったせいで、ここでないと言うと昭栄がうるさそうだ。
ほんとは知らなかったと言ったとしても、それはそれでうるさそうだし。というか、そんなこと自分がしたくない。男に、二言は、ない!!!のだ。
なぜあんな適当な見栄を張ったんだと苦悩する一方で、今何か持っていないかと必死に考える。しかし生憎、今日は自主練の準備しかして来ていないので、余分なタオルもドリンクも持っていない。お菓子など持ち歩く習慣もないし。
「カズさん?どげんしたと?」
昭栄が首をかしげたのは、「あーもーそげんもんなかに決まっとろーがぁああ!!!」などとブチ切れる寸前で。何とか理性を引き止めたカズは、依然焦ったままの状態で無意識にポケットに手を突っ込んだ。
な、なんか、何でもよか!かばん、かポケットに……!
指先が、カサリと音を立てる。この手触りは……!
「ショーエイ、手ぇ出せ!」
「?はい!」
昭栄が差し出した両手の上に、カズがこぶしを乗せる。にこっと笑って、手を開いた。
手のひらに残ったのは、一枚のガム。
「おめでとう。これやるけん、これからもがんばらんや!」
それだけ言って、カズは更衣室を出て行った。その足取りは軽く、やり遂げた充実感と満足感に溢れていた。
どうしてポケットにガムが入っていたのかはわからないけれど、とにかくプレゼントを渡せてよかった。これで心置きなくサッカーに専念できる。
残された昭栄は、じっと手のひらのガムを見つめていた。青い包装紙にレモンの絵。このガムはレモン味だ。甘すぎずしかし辛くない、昭栄が最近ハマっているもの。
なるほど、自分の好きなものをわざわざ用意してくれたのか、と素直に喜べない理由は。
『カズさん、こんガムちかっぱうまかですよ、食べます?』
『んー、もらう。……あー、うまかなこれ。』
『でしょ?もう一枚あげますよー!』
少し前にここに来たとき、そんな会話をした覚えがある。
しかもこの紙のへたり具合。長くポケットの中で忘れ去られていた、そんな雰囲気をひしひしと感じる。洗濯でグチャグチャにならなかったのは、きっとカズの母が気付いてくれたからに違いない。
アホだアホだと言われてはいるが、さすがの昭栄にも事情は飲み込めた。知らなかったのか忘れていたのか、とにかくカズは何も用意などしていなかったのだ。
……まぁ、一応気ぃつかってもらえただけ、よか……?
「何それ、知らん。」と一刀両断される覚悟はしてきてはいたが、きっとカズは恋人としてそれはどうかと思いとどまり、がんばって考えてくれたのだ。自分のために。嬉しいことじゃないか!今できる限りでカズに、好きな人に祝ってもらえたのだから!!
そ、そうったい。俺は、し、幸せもんったい……っ!!
無理矢理そう自分に言い聞かせようとするものの、一度期待してしまった分ダメージはでかかった。
昭栄はその場でたそがれたまま、30分は復活しなかったという。
…HAPPY BIRTHDAY !!!…
か、かわいそう昭栄…(お前のせいだよ)
なるこ様へ、お誕生日おめでとうございます!カズさんツンデレじゃないし昭栄が不幸だしほんとすみませ…;
こんなものでよければ貰ってやってください…!!そして今後とも仲良くしてやってください…!!