薫風暖かく、緑萌ゆる春。
サクラサク。
荘厳な石の門から彼方の校舎まで、視界いっぱいの桜並木が続いている。緊張や不安、希望や期待に胸を膨らませ、あつらえたばかりの新しい制服に身を包んだ新入生たちが歩いていく。
桃色、緑、男子の学ランの黒、女子のセーラーの紺。ひるがえる赤いリボン。
「初々しか景色やな〜。」
「……ヨシ、お前はどこのおっさんじゃ……?」
正門の前で立ち止まっての一言に、カズは隣で呆れ顔である。そんなカズの言葉に、城光は何ともいえない表情で自分と幼馴染を何度も見比べる。
「だってなぁ、俺ら全然代わり映えせんけん。」
確かに、制服は校章を変えれば中学と全く同じようなもの。しっかり板について、いかにも新入生らしい着慣れません感が全くなかった。
それに加えて、城光は堂々とした風体、カズは堂々とした態度で、ピカピカ一年生イメージとは程遠い。
「カズ、鞄くらい変えればよかやん。つまらんの〜。」
「お前だって同じっちゃろーが!俺におもしろさば求めるんはやめろ!」
「幼馴染やろーが、おもしろくせろや。」
「どーいう理屈じゃそれは!!」
噛み付くカズに城光が楽しそうに笑った。これだからついつい構って遊びたくなってしまう。帽子の上からくしゃくしゃと頭をなでた。
まったくもう、とカズがいつもの迷彩帽を被り直すと、城光の目が校舎の端にあるグラウンドをとらえた。
そのグラウンドにはサッカーゴールがない。強豪のサッカー部には、校舎裏に専用のグラウンドが与えられているからだ。
「ヨシ……今度は。今度こそは、……」
何も言わずとも、同じ気持ちでいる。そんな思いを込めて、城光は深くうなずいた。校舎へ向かって歩き出す。
今度こそ、二人で全国へ行こう。
かったるいだけの入学式も無事終わり、HRも終わり頃。カズがあくびをかみ殺していると、斜め前の席の城光がちらっとこちらを見た。なに?と眉を上げると、城光の視線は時計へ、ドアへ、そしてまた戻ってくる。
『HR終わったら、即サッカー部のグラウンド行くぞ。』
意味を飲み込んで、カズは軽くうなずいた。もとよりそのつもりで、鞄の中身は全く出していない。配布物もすでに確認して収納済み。
はー、うだうだ言っとらんとはよ終わらんか!
教壇では担任の女性教師が「担任を持つのは初めてで緊張して」とか何とか言っている。周囲のクラスメートは好感のこもった目で見ているが、カズは一人頬杖をついて、こっそりとため息をついた。
「えっと、それじゃあ今日のHRは終わります。皆気をつけて帰ってね!」
小学生相手のような挨拶にクラスがわっと笑うと同時に、カズと城光が立ち上がる。
「行くぞ」
「はよせんや!」
「え、ちょっと二人とも……!?」
何事だと集まる視線をよそに、二人は鞄を掴んで教室の外に飛び出た。そのまま走り出そうとして、息を呑んだように立ち止まる。
1-Aクラスの前、ずらっと並ぶのはいかついお兄さん方。
「城光与志忠と功刀一だな?」
その声その体格その風貌、見るからに体育会系。
「ヨシ逃げるぞ!!」
「こっちやカズ!!」
叫ぶが早いか、二人は自己最速のスピードで階段へ駆け出した。待て!とか捕まえろ!!とかいう野太い声とともに、地鳴りのような足音が二人を追って遠ざかっていく。
残されたクラスメートと担任は、嵐のような出来事にぽかんと口を開けたまま。シンとした教室に、担任の涙まじりのつぶやきが響く。
「……号令、まだなんですけど……。」
一方カズと城光は、まだHRが終わっていなかったことなど露知らず、追ってくる野獣……もとい、先輩方から逃げていた。たとえ知っていたとしても、「だって終わりって言ったじゃん」てなもんだ。
すっぽかしたのは、たかが号令一つ。今かかっているのは、この先の選手生命。
「ヨシ、今何人……!?」
一年棟の三階にある教室から一気に階段を駆け下り、隣接する二年棟を横目に特別棟校舎の奥へと走り込む。本当なら三年棟を回りこんだ方が近いのだが、そこは追ってくる彼らのテリトリーだ。
カズの言葉に城光が後ろに目をやる。
「半分、おるな……!!」
さすが高校レベルだと歯噛みして、二人は更にスピードを上げた。選抜で毎日15キロ走りこんでいた自分たちでも、さすがにこのペースでは苦しい。
「絶対、振り切る!!」
「おぅ!!」
段々響く足音が少なくなってくるのがわかる。最後の角、ここを抜ければ特別棟の真裏、つまりサッカーグラウンドの正面に出る。
あと少し、そこまで行けば……!!
「っあ!!」
「カズ!?」
足元に転がる石を踏みつけて、バランスが崩れた。スピードに乗っていた体はいきなりの衝撃に体勢を維持できず、そのままの勢いで前に傾く。
ダメや、手はつけん……!!
手はGKの命だ。小さなささくれや切り傷であっても、プレイに大きく影響する。思わずぎゅっと目を閉じたカズの体は、地に転がる寸前、咄嗟に伸ばされた城光の腕の中に何とかとどまった。
しかし。
「追いついたぞ、功刀、城光……!!」
目の前には二人の男。
「残念だったな。しかし運も実力のうち!」
勝ち誇った笑みにぐっと唇をかんで、カズはすがるように城光の服を掴んだ指に力を込める。
「……ヨシ、もうよか……お前は先に行け!」
強がる言葉とは裏腹に悔しさで揺れる瞳を見て、城光は首を振る。
「置いて行けるか。二人で、って約束したっちゃろ。」
呼吸は乱れて、けれど目にはまだ力がある。諦めていない幼馴染に、カズもきっと目の前の二人を睨んだ。
「逃がしてなんぞやらんが、よか覚悟やな!」
一歩前に進み出た二人を威嚇するように、カズと城光が身構える。まさに一触即発の空気の中、
「俺はバスケ部主将、周藤!!」
「俺は空手部主将、権田!!」
「「功刀、城光!俺の部に入れ!!」」
……。
何だそれ。
ここに第三者がいればそう突っ込んでくれたのだろう。しかし本人たちは大真面目で、びしっとポーズを決めて「決まった……!」とうっとりしている。
いつもならば冷静に突っ込むであろうカズと城光も、自らの、そしてお互いの選手生命のために必死だ。
「嫌じゃ、て言っとーと!この時期毎回追い掛け回すのやめんや、権田のアホ!!」
「功刀!いくら小学校から同じやけんって俺は年上やぞ!先輩つけんか!!」
「せからしか!お前らのせいでどんどん大事になっとーやなかか!!何じゃ今年のあの人数は!?」
「うちの学校の全運動部主将たい。」
ありえねぇ。
「ふふん、今年もやはり俺らについてこれる奴はおらんかったな。」
「周藤も毎回同じ文句で自己陶酔すんのやめんや……お前絶対ただの体力自慢で参加しとーやろ。」
げんなり顔のカズと城光に、二人はにやりと笑いかける。
「今まではお前らに逃げ切られとったけん、好きなこつ言わせとった。」
「ばってん、今年はお前らの負けたい。大人しく言うこつ聞け!!」
言い逃れのできない空気に、城光も奥歯をかみしめた。
どげんする、何とか逃げんと、こんままじゃ―――!!
「入らん。」
小さく響いた言葉に、不敵に笑っていた二人が眉を寄せる。
「バスケにも空手にも、興味なんぞなか。俺は、俺らがやりたかなんは……」
顔を上げたカズの目は、絶対に譲らない強さを持って二人を映す。
「俺らはサッカーで、全国行って、プロになるって決めとー!!……俺らはサッカー部に入るんじゃ、邪魔すんなーーー!!!」
「よく言った!!」
突然響いた声に、怒鳴っていたカズも驚いて眼を見開いた。
「その心意気、大いに気に入ったぞ二人とも!!」
「だ、誰や……!?」
戸惑う四人の前に現れたのは、城光よりもたくましい、岩のような大男。白い歯をきらりと光らせて、暑苦しいほど爽やかに笑って言った。
「俺はサッカー部主将たい!功刀・城光、歓迎するぞ!!さっそく今日から練習や、ついて来い!!」
体もデカければ声もデカい。あっけにとられていたが、免疫力の差で先輩二人が先に我に返った。
「ちょ、ちょお待たんや!俺らは小学生んときから、捕まえたら俺らの部に入るってこいつらと約束しとーとやぞ!」
「ん、そうなんか?ばってん問題なかぞ!権田、捕まえるっちゅーんはなぁ……」
え?と思った瞬間には、権田の目の前に男らしい笑顔。
「こーするこつば言うんじゃーーー!!!」
「ぎゃーーーーー!!!!!」
背負い投げ、一本!!
あまりに見事な投げ技に、カズも思わず一言。
「じゅ、柔道部デスカ……?」
空手暦十年・段持ちの権田君をあっさり気絶させてしまったサッカー部主将さん(多分)は、カズと城光ににかっと笑いかけた。白い歯が眩しい。
「さぁ、これでよかやろう!部活ば始めるぞ!!」
この人怖かーーーー!!!
ライバルで親友の権田君のあっさりとした敗北に、さすがの周藤君も逆らえず。
無事サッカー部に入部したカズと城光ではあったが。
この学校、大丈夫なんかな……。
初日でおかしな人間にばかり出会ってしまった二人は、先行きに不安を感じて、こっそりと顔を見合わせた。
昭栄って誰?(笑)というわけで、よっさんとカズさん編でした。馬鹿馬鹿しい逃走&ヒーロー劇な雰囲気を出したかった。
二人は運動部の神様だと思う(笑)空手部はカズさん足技めっちゃ強そう〜という妄想(痛)から、バスケ部は私の趣味で。
球技大会とか絶対バスケやってほしい!バスケできる人ってかっこいいですよね(笑)
100hitリク「部活勧誘で追い掛け回されるカズさんと与」、佐倉様へ。ものすごく遅くなって申し訳ないです…!!;