「火炎ぐるまぁ!!」
「おっとと旦那!火の量調節してくれよ!」
険しい山道の途中、行く手を阻むモンスターの群れに軽やかな人影が対峙する。
「某にそんな器用なことができるか。頼んだぞ佐助!」
「だよねぇ……とほほ。給料上げてくんねぇかなぁ」
赤揃えが目にも華やかな真田幸村(職業:勇者レベル3)と、そのオトモアイル……ではなく従者の猿飛佐助(職業:忍びレベル50)は、息の合った連携で早々に群れを片付けた。
「おぉっ、槍術の腕が上がったぞ!みなっぎるぅあ!」
「やったね旦那〜その調子…………って、うぉあー!?」
スキルレベルが上がった幸村が喜ぶ間もなく、上空に大型の飛翔モンスターが現れた。頭と胴体は鰐、大鷲の翼と前足、獅子の後ろ足と毒の仕込まれた尾。大型キメラだ。
翼での先制攻撃を飛びのいて避けつつ、佐助があちゃーと気の抜けた声を上げた。
「体力6桁に硬化スキル持ちの毒耐性、こりゃ俺様ダメだわ。片倉の旦那、頼んだよ!」
サポートとして煙玉を投げてキメラの視界を一時的に奪う。今にも飛び出さんとする幸村の首根っこを掴んで退避した佐助の代わりに、それまでパーティの最後尾を我関せずと歩いていた男が進み出た。
はぁ、とため息をこぼす渋面は、焦った様子もない。
「てめぇ、猿飛。面倒なもんはすぐこっちに押し付けやがって……いい加減貫通アビリティ付の武器を買えと言ってるだろうが」
「それは俺様じゃなくて、財布の中身を稼ぐご主人に言ってやってくんない?」
「我が真田家に伝わる武器を戴いたというのに、買い替えなどもっての外!某は片倉殿のように錬成派を貫く所存にござる!」
「……にしちゃあ、ちぃっと不器用がすぎるだろうよ」
話しながらも淀みない手つきで抜かれた腰の刀は、鈍色に光り獲物を映す。
トン、と軽く地を蹴った次の瞬間には、蒼空に男の陣羽織の裾の茶色がはためいて、地響き。固い皮膚で覆われていたはずの首を一閃された巨体が横たわっていた。
刃こぼれも血の汚れもない美しいままの刀が鞘へ仕舞われる。
瞬きする間のほんの一瞬に、全てが片付いた。
「はぁっ…………さすが、さすがにござる片倉殿!それでこそ我が師と認める男の中の男にござるぅああああ!!」
「うるせぇぞ真田!俺はてめぇを弟子にした覚えはねぇ」
うんざりと腕を組んだ男、片倉は、汗一つ浮かべていない眉間をぐっと寄せる。
「俺はしがない傭兵だ。契約した以上、戦闘も練成もカバーしてやるが、報酬はきっちりいただくぜ」
差し当たってはこいつからアイテム収集だ、と顎の先で促す片倉に、忍び特有の盗み・奪い取りスキルがマックスの佐助が手を振って応える。
どこが「しがない」んだこのチート野郎。と内心げっそりしつつ。
片倉小十郎。この世界で多少なりとも旅を志し腕を磨こうと思う者ならば、誰もが一度は聞いたことのある名前だ。
元は剣士として剣技の修行の旅をしていた彼は、あくなき探究心と真剣勝負への一途さで全職業全スキルを極めてしまい、そのあまりの強さに彼の仕官を望む国家間の対立が激化して、表の世界から消えざるをえなかった、という伝説が口々に語られている。
佐助風に言えば「うっそだぁ〜」な内容であるが、これがこの男に限っては真実なのだからたまらない。
流れるような軌跡を残す剣技。全属性の精霊の加護を受けた魔術。たゆまぬ鍛錬と苦行により身についた全状態異常耐性。
装備するのは旅立ちの日に姉より賜った刀一本、しかしてそれは高度な錬成を繰り返されて、ちょっとぎょっとするほど多くのアビリティが全てSランクで仕込まれている。抜けば鈍色に輝き、主のメイン属性である雷をうっすらと宿して水色の軌跡を描く様は、既に妖刀の域だ。
強さの極みを目指したいと踏み出した小十郎少年は、今や世界的に有名な最強のチートとして、散歩がてらに傭兵稼業を担っていた。
「大鷲の鉤爪、ランクC」
「いらん。真田、てめぇの槍の強度でも上げとけ」
「獅子王の尾先、毒ランクB」
「ちっ、使えねぇ。猿飛の大手裏剣は毒の追加属性だったか。お前にやる」
「アンタほんと何ていうか……いや俺様たちは助かるけどさぁ……」
片倉が傭兵をしているのは、伝説の通り、あまり表立ってどこかの勢力に属するわけにいかないから、というのが一つ。
しかしより身に迫った、片倉本人としてはよほど重大で深刻な理由がある。
現在の片倉の状況は、RPGプレイヤーの心情で表現すると、もう周回しすぎてやることねーわ。俗に言う廃人プレイヤー状態である。
レベルはとっくにフルカンスト、習得スキルは全てSランク、鍛冶錬成は本職の者より上手く、もう何も鍛えるところがない。どころか、素ステータスと習得スキルだけで十分強すぎ、装備品などなくても大して変わらないので、錬成の必要性すらない。
片倉は弟子をとって後進育成を、という性質ではなかったし、未だ見ぬ秘境や未知の生物への興味も特になく、極めて尚一生を捧げたいほど熱中する職業もなく……農園でもやろうかと思ったこともあったが、生来の業なのか血沸き肉躍る戦いの場からは離れられなかった。
ここまでくるともういっそ魔王にでもなる方が自然だろう。しかしそうなれば家の恥と薙刀片手に討伐に来るであろう姉が怖いので、悪に走るのはナシの方向でお願いしたい。
となれば、意味もなく無限に金を貯めるか、普通ならこんなもんいらね!という外れアイテムを意味もなく集めるか、意味はあるがおもしろくもない人助けに精を出すか、くらいしかやることは残されていなかった。
その辺りを全てひっくるめたのが、職業として正規には認められていない、傭兵だったのである。
「ちなみに、今集めてんのは何だったっけ?」
「色々あるが、主には動物シリーズだな。ねこの鼻毛、うさぎの絶叫、獅子王なら涙袋」
どれも滅多に目にしない珍しいものだが、特に使い道がない度でもSランクである。一度はへぇ〜と言われても、それは「何でそんなの集めちゃったの…?」という戸惑いと哀れみを込めた感嘆にしかならない。それがチートの無常さなのだと思えば言葉を失う。
人並み外れて強いというのも、考えものだ。
「北方は自然も豊富だし、青竜の膝元ならもっと変わったもんが集まるかと思ったんだがな……」
「お任せくだされ!某、一所懸命にうさぎの鼻毛を見つけて差し上げる所存っ」
「勇者なんぞ一等使えねぇ職業のひよっこに任せられるもんならとっくに自分で見つけてる。いいからお前は竜への挨拶の仕方でも考えとけ」
「つーかそこ?うさぎでいいわけ?鼻毛なら何でもいいのかよ??」
この峻険なる山の頂には、天空を統べる青竜の一族が住むと言われている。
幸村の旅の第一の目的は、ずばり勇者の証となる竜の相棒を得ること。片倉はそのサポートを依頼され雇われた。
ひよっこの旅で得られる見返りなど皆無と言っていい片倉なので、基本戦闘サポート以外は全く関与しない姿勢をとっているのだが、素直さと熱血さと頑丈さだけが売りの正に勇者向きな幸村は、槍の稽古に錬成の師事にあれやこれやと構い倒してくる。頼みの佐助は子守が楽でこれ幸いといった風だし、名目出世払い実質無償労働は嵩む一方だ。
暇を持て余したチートの遊びで傭兵稼業をしている片倉だから小言で済む。これが片倉以外の傭兵であれば、怒髪天を衝くに違いない。
とはいえどうせ退屈していたのだ。竜の領土には無闇に立ち入るべきではなく、勇者として確立するつもりもなかった片倉は竜との契約を望まなかったので、北方領にはそれほど足を向けていない。少々騒がしく鼓膜が痛むのはいただけないが、片倉なりにこの旅を楽しんでいた。
が、今ではとても深く、大いに、後悔している。
「なぁなぁ小十郎!なぁ!ニンゲンの街に行くんだろ?俺あれ食べてみたい、黄色くて細長い、なんか変な果物があるだろ。あれ買ってくれよ!北じゃ生らないものだって聞いたからすげー気になってたんだ!」
片倉の肩口に優美な鱗の輝く長い尾をくるんと巻いて、頭の上に顎と前足を乗せた小さな竜が、忙しなく喋る。子どもではないが、完全な成体への変化をまだ迎えていない、年若い竜だ。
なぁなぁとぽふぽふ頭やら頬やらを撫で回す竜は大変可愛らしいが、片倉は凶悪な面構えにくっきりと青筋を浮かせて唸った。
「知らねぇよ、そういうのは竜に用のあるそこの犬っころにでも言いやがれ」
「そ、そうでござる!某が買って差し上げる故、どうか政宗殿、某と契約してくれませぬか!」
「Ha! No thank you!! 俺は小十郎を気に入ったんだ、他の奴なんかお呼びじゃねーよ」
あうーとしょげて項垂れる幸村に竜はフンと鼻息荒く尾を振った。
「何故でござるかぁ〜」
それはこちらの台詞だと言ってやりたい。
遥か天空へ続く山道を辿り、青竜の王の血統、伊達家の面々への謁見が叶ったところまでは順調だった。
あとは竜たちに勇者候補を見定めてもらうだけ。竜王からは、ちょうど息子の政宗が年の頃もよくつりあうだろうと薦められ顔合わせも決まった。
これでもう自分の役目は終わったろうと片倉はすっかり気を抜いて、空を力強くも優雅に飛ぶ青竜たちを眺めてのんびり和んでいた。
一応まだ契約中だというのに暢気にしていた罰が当たったのだろうか。
若君である政宗は、謁見の間に飛んでくるや否や、一直線に片倉の顔に張り付いて離れなくなってしまったのである。
「俺は勇者じゃねぇ。一応職業経験はあるが、あくまで剣士の片手間にやったもんで、生業にするつもりも一切ない。竜の加護も契約も必要としてねぇよ」
「Yes,yes, I know that. でも俺は小十郎がいいんだ!契約は竜に選択権がある。そうだろ?」
「勿体ねぇだろうが。伊達の若君だ、力を活かせる相棒を見つけるべきだろう」
「……こ、こじゅろぉ!俺のことすっげぇ評価してくれてんだな!やっぱり俺には小十郎しかいないぜ!」
政宗はきゅぴ!と喜びの鳴き声を上げて小十郎に擦りついてくる。丁重なお断りの文句が全く通じていなかった。
こんなつもりじゃなかったのに。もう絶対二度と勇者のお供なんか引き受けない。
げっそりとされるがままの片倉の内心など露知らず、幸村は羨ましそうなしょんぼり顔で政宗を見ていた。
「政宗殿ぉ……何故某では駄目なのですか?」
「は〜?決まってんだろ、俺は強い奴が好きなんだ。見ろよこの小十郎の気、こんなニンゲン見たことねぇ。はぁ…… so cool 」
その答えにはぐうの音も出ない。肩を落とした幸村に、ついでとばかりに政宗の追い討ちが投げられた。
「あとお前うるせーし暑苦しい。まぁ脳筋勇者らしいけどよ、青竜向きじゃねぇんだよな。勇者でやってきてぇなら火竜のおっさんのとこでも行ってみれば?」
「ふぐっ……」
「だーから俺様言ったっしょ?青竜は自由と格式を重んじる系統だから、旦那には向かないってさぁ。旦那ってば全然話聞かないで出発しちゃうんだもんよ」
「うぅう……!」
竜族にも複数の種類があり、それぞれの系統によって好むものが違うのは有名な話だ。
青竜は竜族で最も古い種族のため、格式に応じた実力と竜への尊重を重視する傾向にある。対して政宗の薦めた火竜は、血の気が多く好戦的だが情にも篤い。相棒にも情感的に率直な者を好む傾向があり、正しく幸村など火竜好みであろう。
勇者は普通、自身の性質や戦い方、求めるものをよく吟味して、好みの合いそうな種別の竜を訪ねるものである。竜の住処は他の生き物が簡単には寄り付けない危険な場所にある。命を懸けて挑むにしても、無駄足とわかりきっていて行きたがる者などまずいない。
無駄足ともわかっていなかった幸村では、青竜のお眼鏡には論外であったというわけである。
「アンタ、よかったな、小十郎がついててくれて。死なずに済んで次のチャンスを狙えるんだから。ま、次こそ死なないように頑張れよ」
そんなに言うなら契約してくれりゃいいのに。
どうでもよさそうに飄々と言ってのける政宗に、佐助は引き攣った笑いを浮かべているが、当の幸村はどこまでも素直で熱血な脳筋勇者だった。
「うぅ…………そ、そうでござるな!政宗殿、ご助言とご声援感謝致す!某、次こそは火竜の長のもと、勇者の証を賜ってみせるでござるぅうああぅぉおおおおおおお!!!」
「うわうるせぇ!こっ、小十郎っ何だこいつ!」
落胆を拭い捨て拳を握り、雄叫びを上げて気合を入れる幸村。のあまりの大声に怯える政宗。にぐいぐい巻きつかれて締め上げられる片倉。
一段とまとまりなくカオスになってきたパーティの様子に、この先の苦労を予感した佐助は、がっちりと片倉の腕を掴んだ。
「こうなりゃアンタも道連れだよ。旦那が竜と契約できるまで、世界の果てまでもきっちりお供してもらうからな!」
こっそりとんずらかまそうったってそうはいかないよ。佐助が仄暗い目で言えば、政宗までもがいいなそれ!とはしゃぎだす。
「旅の途中で俺の力を見せて、小十郎を惚れさせればいいんだよな。good idea, よろしく頼むぜ?」
「片倉殿!つきましては次のためにも、より強い勇者となるべくご指導お頼み申す!某も勿論、引き続きうさぎの鼻毛を探します故!」
極めつけの幸村の追加依頼宣言(もちろん実質無償奉仕だ)に、片倉は口元を引き攣らせて、だぁあー……と深いため息をついた。
まぁ、どうせ逃げても暇だし。くっついて来てしまった竜は、あちらが気をなくさない限りはどうしようもないし。火竜の領土にも行ったことはないから、何かおもしろいことがあるかもしれないし。
「あーもう、わかったわかった!ただし俺は便利屋じゃねぇ、手強いモンスターを全部押し付けて楽しようとか考えんじゃねぇぞ!」
片倉の降参宣言にやったー!と笑顔で跳ねる仲間たち。
彼らと共にある限り、とりあえず片倉が暇を持て余すことはなさそうである。
傭兵と愉快な仲間たち!