人狼と吸血鬼。
*陸矢様の『人狼と吸血鬼』シリーズへ、大好きと感謝を込めて捧げます*



 シルクのシーツに篭った熱を解放して、ベッドサイドの水差しを取る。ほんの少しレモンの香る水を注いで、主へ手渡した。
「Thanks」
 掠れた喉に潤いが落ちていく。ふうと息をつく。
 こちらをじっと見つめたままの銀の瞳に、政宗は満足そうに笑った。
「おいで、小十郎」
 胸元に頭を抱き寄せて、ぴるぴると動く獣の耳をからかうように撫でれば、小十郎も嬉しげに目を細めて政宗を抱きしめた。
「くすぐったいですよ」
「満更でもねぇくせに」
 こうして繰り出す意地悪は、政宗お得意のピロートークだ。甘えたり、甘やかしたり。そうしてゆるゆると次への熱を昂めていく。
 いつも通り、甘えるように主の胸へ額を預けた小十郎の耳が、不意にぴくっと外へ向けられた。
 彼の反応を追うようにして、錆びかけた重いチャイムの音が微かに響く。この舘へ移ってから一度も使われていなかったそれに、こんな音だったのかと的を外れた感慨を抱いていると、小十郎が身を起こした。
 政宗が起きている間は、小十郎が主の元を離れることはほとんどない。今日に限って珍しく衣服を纏いだす小十郎に、政宗はむっと眉根を寄せた。
「……なんだよ、出るのか?」
「えぇ」
「誰かと約束でもしてるのか」
「いいえ、まさか」
「なら、放っておけよ。」
 もう日も落ちた時間だ。夕食の頃合、約束なく他人の家を訪問するには不謹慎な時間だ。それが許されるほど親しい関係は、どんな人間とも築いていないのだし。
 それでも、小十郎は身支度を簡単に整えて、靴を履いた。獣の耳を隠しておくことも忘れずに。
「子どもを無視したら、後悔なさるかもしれないでしょう。あなたは優しいから」
 微笑んで言い置いた小十郎が寝室を出て行くのを見送り、政宗はクッションを一つドアに投げつけた。

 玄関の外には、彼の耳が捉えた通り、三人の子どもが立っていた。
 チャイムを鳴らしておいて、まるで開くと思わなかったとでもいうような緊張の面持ちで、おずおずと挨拶をしてくる。
「こんばんは。何かご用ですか?」
 うさぎのように色白の少女、猫のような勝気な瞳の少年と、狸のように愛嬌のある丸い鼻の少年。わずかに見覚えのある、町の子どもたちだ。
 町外れの古い館に引っ越してきた二人連れに、町の人間が少なからず興味を持っているのは知っていた。ささやかな噂は「療養のおぼっちゃんと使用人」という形で収まり、また別の話題にさらわれていったが、子どもの関心は大人のそれより強いものだ。
 良くも悪くも、人の印象にあまり強く残るべきではない。世の大人が一般的にするであろう範囲の丁寧な微笑みを作った小十郎に、子どもたちが口々に言う。
「あ、あのう……おらたち、お願いがあって来ただよ」
「貴公の庭の、あのカーネーションを一つずつ戴けぬか?」
「母の日のプレゼントを探してたんだ。ここんちの花が一番きれいだから」
 どのような用件かと内心構えていた小十郎は、あまりにあどけない話に目を丸くする。そういえば、ここ最近は町も赤いカーネーションのモチーフで様々に飾り付けられていた。
「あぁ……そういうことでしたら、構いませんよ。」
 手入れに使う鋏で、カーネーションを一輪挿しにちょうどいい長さに切った。それぞれに一輪ずつ渡す。
「しかし、この庭は私の主人が大切にしているものです。差し上げるのは今回だけ、あまり他の人に言って回らないこと。約束していただけますか?」
 話しながらそれぞれの瞳を覗き込んで、暗示をかける。礼を言って帰っていく彼らが家に着いた頃には、その花は「道端で見つけた」ものになっているだろう。

 少しだけ景観を損ねた庭の一角と、予想より長くかかってしまった時間に、主はすっかりと機嫌を損ねてしまったようだった。
 落ちていたクッションを拾い、ベッドに背を向けて横たわる主の傍へ跪く。無言を貫く彼の枕元に、カーネーションを差し出した。
「今日は、母の日だそうです。」
「……。What’s? それで、何で俺にカーネーションなんだ」
 胡乱げに眉をひそめて振り向いた政宗を、小十郎の瞳がまっすぐに映す。
「小十郎にとっての政宗様は、至高の主であり、唯一愛おしく慕う方であり……この生を与えてくださった、母のようにも思うのです。」
 政宗に出会っていなければ、死んでいた身だ。あのとき賜ったこの傷とともに、新しい命をこの方から授かった。
 あの子どもたちを見ていたら、「小十郎」という存在を真実生み出してくれた政宗に、自分も感謝を示したくて、羨ましくなってしまったのだ。
「やはり、おかしいでしょうか?」
 何も言わない主に、小十郎は照れくさそうに微笑んだ。一方で、正直な獣の耳は、しゅんと垂れて心を映してしまっている。
「Hum .... 」
 政宗から離れて子どもたちの相手をしていても、政宗のことを想っていた。
 小十郎の一途な告白に、少なからず溜飲を下げた政宗は、カーネーションを受け取った。美しい赤の花弁と瑞々しい微かな香りに気をよくする。
 政宗は、美しいものが好きだ。それも、政宗のためだけに捧げられるものがいい。例えば、今この目の前で銀色に輝く、二つの宝石のように。
「今日はお前のmotherになってやる。狼の姿で、抱っこして眠ってやろうか?」
 くすくすと笑って腕を広げる主に、小十郎も目を細めてベッドへと上がった。ぎゅっとハグをして、頭を撫でてもらいながら、ひそやかな声で彼の耳元へ近付く。
「それはとても素敵ですが、その前に。まずは愛おしい方、先ほどの続きをお許しくださいますか?」
 魅力的な提案への答えに、政宗のしなやかな足が、小十郎のそれを絡めとった。