砂利の上に膝をついた男を見下ろして、ぐっと前髪をかきあげる。後ろ手に拘束されて逃げ場のない男は、額を地に擦り付けて許しを請うてきた。
「余計な手間かけさせやがって。謝りゃ許されると本気で思ってんのか?」
「若頭、こちらを」
側近から差し出された刀を手にとり、光る抜き身を晒す。
「けじめはつけてもらわねぇとな。お前が犯した罪……まさか指くらいで贖えると思っちゃいねぇよな?」
ひぃ、と喉を引き攣らせる男に、冷えきった視線を落として、
「お祈りを済ませろ」
容赦なく刀を振り下ろした。
「はい、そこまで。」
「小十郎様!」
刀を握った手を掴んで止めた男の登場に、膝をついていた男が慌てて顔を上げた。
「梵天丸様……若衆を付き合わせて、朝っぱらから一体何をしているんですか」
「何だよ小十郎、いいとこだったのに。若頭ごっこだよ、you see?」
「ゆーしーじゃありません。まったく、こんなことをするために工作の時間にこれを作っていたんですか?」
取り上げた刀――正確に表現すると、刃渡りの部分に銀紙をつけてダンボール紙を土台に使ったおもちゃの刀――を取り上げて、小十郎は渋い顔をする。
彼の前には、ぷくーと頬を膨らませた少年。先ほどまで冷酷な若頭を演じていたのは、片膝をついてしゃがんだ小十郎とようやく視線が合う程度の、まだ小さな子どもだった。
「小十郎様、ボンを叱らねぇであげてくだせぇ。俺も楽しかったっス!」
「あぁ?」
土下座までさせられて、砂利で額に擦り傷を作っている男が、強面を崩してにこにこと笑う。それを受けて、側近役をしていた方の若衆も、うんうんと大きく頷いた。
「ボンの若頭、小十郎様にすっげーそっくりで、俺らシビれちまいましたよ!まじクールっす!」
「ふふん。まぁ、小十郎のcool guyっぷりをここまで再現できる男なんて、俺ぐらいだろうな!」
二人に褒められて、梵天丸はぐっと胸をそらして得意げだ。
「ったく、やれやれ……」
梵天丸は、とても賢い子どもだ。生来のカリスマをしっかりと血に受け継いで、この年で気の荒い若衆たちに慕われているのも、喜ばしいことではある。ごっこ遊びで小十郎を真似たがるなど、可愛らしいところもあるものだ。
しかし、この年齢であんな物騒な台詞がぽんぽん出てくるというのは、さすがにちょっと如何なものか。
「梵」
小十郎が傅役として接するときにしか使われない呼び名に、梵天丸は反射的に背筋を伸ばす。大きな手にぎゅっと両手を包まれるのは、よく聞きなさいという合図だ。
「いいですか、梵。あなたは伊達家の若君だ。俺やこいつらとは違う、家を背負って立つ身です。」
「そんなのよーくわかってるぞ。だからこうやって、今から予習してんじゃねぇか」
「いいえ、おわかりでない。遊びであったとしても、梵のあのような言動を人が見たら、伊達家はとても恐ろしい極道者だと誹りを受けることになる」
「だって、極道だろ。俺んち」
何言ってんだ?と呆れ顔をする梵天丸に、小十郎はくすりと笑ってみせる。
「梵はご存知ないようですね。昨今の極道者は、先ほどのようにドスを振り回して見せしめに指を斬るなんてぇ野蛮な真似はしないんですよ?」
「…………えっ!?」
「小十郎もこいつらも、こんな怖い面はしてますが、ITを駆使して資金繰りをするインテリヤクザです。いつも経済新聞を読んでいるのを、梵も見ているでしょう」
「じゃ、じゃあチャカぶっぱなして出入りしたりしねぇの?」
「そんな派手なことしてたら今頃サツにまるっとしょっ引かれてますよ」
「ヤク密輸入して若い奴らに売りさばかせて上前ハネたりもしねぇの??」
「やりゃあ旨みもデカいでしょうが、最近じゃルートも厳しくてね。そもそも梵のお父上がヤクやシャブは大嫌いですから。フロント企業でクリーンに稼ぐのが今時ってもんです」
スラスラと次々小十郎に既成概念を打ち砕かれた梵天丸は、しばらく呆然として、やがてショックを受けたように俯いてしまった。
梵天丸の通う保育園では、最近友だちグループの間で、仁義なき戦いごっこが流行っている。その中で、梵天丸の若頭・小十郎はとても人気があるのだ。
すげーかっこいい、やっぱ本物は違うなぁと皆が憧れる「若頭」が、幻想だったなんて。こんなにかっこいい若頭が俺の傅役なんだぜ!と自慢するのが好きだったのに。
じわぁ〜と涙を浮かべる梵天丸を抱き上げて、小十郎が微笑む。
「梵。前途ある若者をヤク漬けにする極道者と、そういう奴らを取り締まって町の皆さんをお守りする極道者と、どちらの家を背負いたいですか?」
「こじゅ……ひっく」
「梵が伊達を継いだとき、胸を張って誇りに思ってくださるような家にしたい。梵が育っていくこの町で後ろ指さされたりしねぇように、町の皆さんとは仲良くしときたい。梵が家同士の抗争で怖い思いをしないように、荒事を避けてお守りしたい。」
小十郎は、そう思ってるんですよ。
優しく言われて、梵天丸はまるい頬を真っ赤にして小十郎に抱きついた。ぐしゅぐしゅと鼻を鳴らして、太い首にしっかりとしがみつく。
「小十郎の目指す極道、すげーかっこいい!やっぱり、俺の小十郎はso coolだぜ!」
「若ぁ……!」
「小十郎様ぁ!」
もらい泣きで二人の部下にまで縋られて、小十郎は再びやれやれと苦笑した。
泣き止んだ後、ものすごいハイテンションで手を振って保育園のお迎えバスに乗っていった梵天丸を見送る。三人揃っての挨拶に、運転手と保育士の先生は引き攣り笑顔だったが、バスの中の幼児たちからはキラキラと憧れの視線を送られた。
なるほどこれが梵の自慢効果かと、改めてそのカリスマ性を誇りに思いつつ、梵天丸を含めた幼児たちに優しい表情で手を振ってみれば、きゃわきゃわとたくさんの手のひらが振り返された。なんとも純真で可愛らしいものだ。
バスの背中が見えなくなると、小十郎は踵を返す。
「例の件はどうなってる」
「原田からの連絡じゃ、まだしぶとく口を噤んでるみたいっスね。ただかなり疲れてきてる頃なんで、そろそろ鬼の小十郎の出番じゃないスか?」
「後藤んとこは奴が使った貸し倉庫を見つけて捜索してます。その辺揺さぶりゃ、ボロ出すかも」
先を行く小十郎の視線からは、先ほどまでの柔らかさがごっそりと抜け落ちていた。薄く笑みをのせた表情も、ぞっとするほど冷たい。
「…………なかなか愉しめそうじゃねぇか。」
小十郎の腹心を自負する二人は、顔を見合わせて肩を竦める。
「最近の極道者は野蛮なことしねぇなんて、小十郎様、よく言うよなぁ」
「フロント企業も、クリーンかって言われると……どうよ?」
部下のからかうような声音に、小十郎はくつくつと喉を鳴らした。
「お祈りを済ませろ、か……どこで聞いたか知らねぇが。まったく、よく見ていらっしゃる。」
893とボン。