パタンナー・猿飛佐助から見て、デザイナーの片倉小十郎という人は、なかなかに評価が難しい人物だ。
 デザインの腕は最高だ。それはそうだ。世界中の主に富裕層の間で、格付けの基準の一種として「Kojuro Katakura」お手製の紳士服が名を連ねているのは有名な話。
 しかし、何分彼は非常に気難しい。「注文の多い紳士服店」などと裏で呼ばれているのは、言いがかりでもないと思う。
 まず、彼はオーダーメイドにこだわる。むしろ、顧客に実際に会って、その上でのオーダーメイドしか受け付けない。
 こんな東洋の島国で店を開いておいて、どんだけ商売する気がないのかと散々揉めたが、オーナーの「まぁまぁ。セレブ層が海外から通いたくなるほどのステイタスになる物を作ればいいだけのことだよ」という鶴の一声で、今も店内には彼のお気に入りを数点見本展示するだけだ。
 更に、いざ会っても気に入らない客だとごねてなかなかデザインを描かないし、あの強面と低音ドス声で臨戦態勢に入る大人気なさを存分に発揮してくれる。じゃあもう会うなよと思うのだが、そういうわけにはいかんとむっつりするのだから面倒くさい。
 同じ従業員に対しても厳しくて、全ての工程が思う通りの仕上がりにならないと、すぐに職人をクビにしてしまう。
 現在は、設立当初からのメンバーで残っているのは佐助のみで、あとは全員が外部からの引き抜きで集まったチームになっている。おかげで超一流の腕をもつ職人ばかり揃ったが、同業他社からはえらく嫌われた。彼女ができないのは絶対そのせいだ。
 顔は怖いし、神経質だし、命令口調だし、眉間の皺で川つくれそうだし、まかないの野菜がまずいと怒るし、畑と触れ合ってないと仕事ができないとかわがまま言って屋上に畑作らせるし。んですぐそこに入り浸るし。
 はっきり言って、彼の今現在の成功は、オーナーの営業戦略の鋭利さと、陰に日向に必死で支えて骨身を削ってきたチームメンバーのおかげに他ならないと、佐助は思っている。
 まぁ、デザインがダメなら農家をして生きていくと公言していた男なので、別に困っていないのかもしれないが。
「けどよぉ、憎めねぇんだよなー片倉の兄さん。」
「いや俺様だって、何だかんだ言ってもあの人のこと嫌いじゃないんだけどさー」
 縫製リーダーの元親が言うのに、佐助もうぅ〜と頭を抱える。
「それにしたってさ!今畑に逃げてんのも、午前中に来たブライアンさんが来るたび太っていくのが気に入らないってごねてんだよ!飽食セレブがぶくぶく太るくらいなんだよ、こちとらそれでお飯食ってんだっつーの!」
 ズダン!と机を叩いて訴える佐助に、元親はペンの背でカシカシ頭をかいて苦笑い。
「片倉さんからしちゃ、我が子のようにかわいい服を使い捨てされてるみたいで気に入らねぇんだろ?俺はわかるけどな」
「わーかーるーけーどー。ほんと、あの人野菜とか服とかにはちょー愛着持ってるし。その情をちょっとは人間相手にも分けてほしいぜ」
「……野菜や服みたいに愛でられたら、別の問題が発生すんじゃねーか?」
「………………。ちょっと、変な想像させないでくんない?」
 太陽に向かって茂る葉を、こだわりつくして選んだ布地を、長い指でさらりと撫でて微笑み、「あぁ、いい子だ。とてもきれいだな」と甘く語りかける片倉の姿は、そりゃもう何度も見たことがある。
 片倉は、好きなものにとことんひたむきで一途なのだ。デザインをしている間も、畑を弄っている間も、没頭して絶対に浮気をしない。何もかも放って、愛おしいものを心ゆくまで素直に愛でている。
 あれが人間に向けられるとしたら、多分この店は従業員間の壮絶な愛憎バトルで潰れるだろう。
「たのしそうなおはなしをしていますね。」
「何だ貴様ら、気色の悪い!謙信様のお耳が穢れるだろう!」
 スタッフルームに入ってきた二人組に、元親がおうと手を挙げる。
「謙信さんにかすが、採寸終わったのか。片倉さんが早々に消えて畑に行ってるっつーことは、こっちの顧客はサイズ変更なし?」
「フン。仮にもハリウッドスターとして名を売っているのだから、体型維持など当たり前だ。片倉の見立てと誤差3ミリ以内だから、まぁまぁ合格点だろう」
 言いながらかすががオーダー票で佐助の頭を叩く。何だよと不服そうに顔を上げた佐助に、謙信がにっこり微笑んだ。
「さるとびくん、かたくらをよんでください。このあと、わたしのゆうじんが、むすこをつれてくることになっているのです。」
「はぁ!?ちょっと、アポなしは困りますよー!畑でルンルンしてる片倉の旦那呼び戻したら、マジで暗黒大魔王召喚じゃないすか!!俺様死にたくない!!」
「なっ……猿飛!貴様、謙信様に口ごたえする気か!?」
「だいじょうぶですよ、かすが。さるとびくんはこういいながら、ほねをおってくれる、たのもしいこです。では、たのみましたよ」
 佐助の必死の言い分もするりとかわして、謙信は店内へ戻って行ってしまう。背後では、血涙を流さんばかりに目を見開いてギリギリと歯軋りをしながら、かすがが佐助に呪いの言葉を吐いている。
 今すぐ嫉妬の炎に焼かれて死ぬか、後で暗黒の怒りに潰されて死ぬか。
 どちらにしても死亡確定な佐助があまりにも不憫で、元親は彼の肩をポンポンと叩いた。
「……でも悪い、俺も代わりに連絡は勘弁な」
「チカちゃんの鬼ぃいい!」


 今日は朝から不愉快なことばかりだ。
 店内のソファへ乱暴に身を沈めて、片倉は眉間の渓谷をくっきり深く刻みながらため息をついた。
 久々に午後はアポイントがないので、思いきり畑を世話してやろうと思っていたのに。
 雑草を取ったら、畝の調子を確かめて、随分育ったにらと今から旬のエンドウを収穫して。そうだ、大葉もそろそろ使っていかないと、筋が出てきては勿体ないじゃないか。皆食べごろに育って、収穫される日を待っているというのに。
 あぁ……と天を仰ぐ片倉に、いい加減見かねて佐助がやって来た。
「ちょっと旦那。そりゃアポなしってのも悪かったけどさ、仕事は仕事なんだからちゃんとやってよ」
「うるせぇ。お前に大葉の気持ちがわかんのか」
「わかったよもーめんどくさいな!今から俺様が大葉収穫しておやつのおつまみ作ってやるから仕事しろよ!アンタ客の顔もまともに見てないだろ」
 佐助がきいきい怒るのを尻目に、ふむと片倉は首を傾げた。ソファの後ろに立つ佐助を振り返って、にこりと笑う。
「猿飛。エンドウも食べ頃なんだ。仕事をするから、夕飯も作ってくれ」
「〜〜〜〜〜〜あー…………ハイハイ。もうわかったから、ほらこれオーダー票。今上杉さんが採寸してるから」
 野菜たちの栄光ある未来(無論おいしい食事になることだ)の確保ができて、すっかり機嫌を直した片倉は、うんと頷いてオーダー票に目を通す。
 依頼されているのは、上杉の友人である武田の息子、真田の入学式用のスーツ。とにかくうるさくてごついおっさんと、とにかくうるさくて細マッチョな息子だったことしか記憶にない。
「ぱっと見、武道でもやってる体だったな。どんな顔だったっけ?」
 首を捻る片倉へ佐助が突っ込みを入れようとしたとき、コロンコロンと入店のベルが鳴った。
 大学生くらいの年齢の青年だ。パーカーの上にジャケットを着てはいるが、明らかに場違いだと自覚しているようで、そっと扉を開けておずおず中を窺っている。
 吊るしのスーツもない、いかにも高級な店構えのこの店に、飛び入りで来るには珍しいタイプだ。一瞬目を丸くしながらも、さっと佐助が応対に出た。
「いらっしゃいませ。何をお探しですか?」
「あ……」
 青年は困ったように視線を揺らしながら、右側の長い前髪を引っ張るようにして俯く。
「あの、すみません。俺、客じゃなくて。その……武田のおっさ、武田信玄さんにここに来いって呼ばれたから」
「武田様に……」
 きょとんとした佐助の表情を見て、青年はかっと顔を赤くした。
「あ、ちがくて、あの俺不審者じゃないです。ごめんなさい、もう帰るから」
 疑われたと思ったのだろう。慌てて店を出ようとする青年を足止めしたのは、
「待て!!」
「うわっ……だ、旦那!?」
 ソファから飛び出してきた片倉の大きな声だった。驚く佐助を押し退けて、ずかずかと青年に近寄り、がしっと肩を掴む。
「な……何?俺ほんとに、ただ呼ばれてきただけで……」
 青年の言葉にも、片倉は何も言わない。目を見開いて、わなわなと震えながら、青年の頭から爪先までを何度も何度も眺めている。
 捕まっている青年からすれば、ほんの鼻先数センチ先に、見知らぬ強面男性の鬼気迫る顔があるわけで。じわじわと涙目になっていく青年を助けようと、佐助が必死で片倉の腕をタップする。
「ちょっと旦那こわいよ!やめなさいよ、一体どうしたのさ」
「名前は」
「う、ぅぇえ?」
「だから、名前はって聞いてる」
 二度言わせるなと言わんばかりの睨みを受けて、青年は上擦った声で答えた。
「だてま、政宗……」
「年は」
「じゅ、19」
「ちょっとそこに立て」
 ぐいっと肩を掴んだままで、店内中央の照明の下へ引きずられる。何ですかと半泣きで聞いても、片倉はおかまいなしで政宗をそこに立たせて、自分は数歩引いて腕を組んだ。
「あの、もう俺本当に謝りますから帰っていいですか……?」
「だめだ、まっすぐ立てと言っているだろう!」
「ひぃい!ごめんなさい!」
 慌てて背筋を伸ばした政宗を穴が開くほど見つめて、片倉が頷く。そのままばっとソファにとって戻り、何かをガリガリ書き始めた。
 直立不動で立ち続ける政宗が、放心したように眺めていても、片倉は見向きもしない。夢中でペンを走らせるその様子に、佐助はひくりと口元を引き攣らせた。
「ちょっと……片倉の旦那?アンタまさか……」
「これだ!猿飛、すぐパターンに起こせ、今すぐだ!」
 投げ渡された紙には、一着のスーツのデザイン画。細身の手足としっかりした肩幅のバランスを絶妙に活かした形。前髪のせいで右に向きやすくなる視点を誘導する微妙な左右の違いを持たせたもの。これは、間違いなく。
「伊達間といったか、変わった名前だな。お前は俺の理想の体型だ。お前のスーツは俺が作る。間違ってもその辺で吊るされてるしょぼくれたもんなんか買うんじゃねーぞ!」
「待ってよ何この際どいライン取り!!つらいわ!!」
「や、や、あの俺無理です!ここここんな高いブランドのスーツなんて買う金ねぇもん!」
「金なんかいらん。俺が作るって言ってんだから作るんだよ」
「やめてよこんなしんどい仕事ボランティアでやれっての!?アンタ何考えてんだ」
「うぅうううそだ絶対後でスーツ代とか言って怖い人が俺のアパートのドアに張り紙してくんだうわぁあああ帰るぅううううう!!!」
「んだとコラ!俺のスーツが着れねぇとでも言うつもりか?」
 三人により阿鼻叫喚のカオスルームと化した店内に、何事かと飛び出してきた上杉たちの後ろから、がっはっはと豪快な笑い声が響いた。
「伊達の小倅よ!金のことは心配いらん。お前の両親に代わって、ワシが一着あつらえてやろうと思って呼んだのよ。遠慮なく作ってもらうと良い」
「おぉお……なんと篤き親心なのですかお舘様ぁあああ!!!やりましたな政宗殿、これで安心して共に入学式へ参列できましょうぞ!!!」
 うおぉおおとなぜか本人より盛り上がる武田の息子に、政宗と佐助も言葉を失う。抵抗のなくなった政宗を解放して、片倉はニヤリと、びっくりするぐらい楽しそうに凶悪な顔で、笑った。
「俺のスーツを着るからには、そんな猫背で下向いて歩くことは許さねぇ。覚悟しとけよ、伊達間。」
「……………………………あのすいません、伊達なんですけど……」



デザイナーとミューズ。