インストラクターと肉食女子


 最近の政宗の楽しみは、スポーツクラブ通いだ。
 と言うと、今ムキムキバリバリ汗くさ男を想像したかもしれないが、政宗は女性である。それも、かなりきれいな部類の。
 体型だって程よく引き締まってスレンダーだし、食事も睡眠も健やかにとっているから、肌も髪もつるつるサラサラ。別にスポーツが特別好きというわけでもないし、オフの時間が有り余っているわけでもなかった。
 そんな彼女の目的は、スポーツで汗を流すこととは別にある。
「片倉せんせ、こんにちは!」
「あぁ、伊達さん、こんにちは。皆勤賞、続いてますね」
 インストラクターの片倉小十郎。
 いい顔、いい声、いい体。三十路の男盛り。まさにおいしい男そのもの。
 彼とお近づきになることが、目下政宗の最大の目的だ。

 このスポーツクラブは、施設利用料のみのビジター会員と、担当インストラクターがついて運動プログラムを決め、定期的に通うメンバー会員を選択できる。
 政宗は勿論メンバー会員。それも、元々片倉の担当客であった知り合いの紹介を受けていたため、最初から片倉の担当メンバーになることができた。
 これの何が幸運だったかというと、トレーニング前の体重や体脂肪率の測定、バイタルチェック、それを記録しながらの面談の間、確実に片倉を独占できるのだ。
「……そう、伊達さんは食生活も健康ですごいな。痩せすぎないか心配だったけど、すごく安定してキレイを保てていますね」
「ほんと!?片倉せんせーにそう言ってもらえると、嬉しい。せんせーは昨日何食べたの?自炊してるんでしょ?」
「俺ですか?うーん、言ったら地味すぎておっさんだってバレるので、内緒で」
 やだぁ、ときゃらきゃら笑う政宗に、片倉は困ったように肩をすくめてみせる。
 こんなちょっとおどけた仕種や、仕事中は崩さない「私」が時々「俺」になるのも、この面談の時間だけでしか見られない。
 政宗と片倉の距離は確実に縮まってきている。これは、自惚れではないはずだ。
 そろそろ、一発仕掛け時だろう。

 覚悟を決めて、政宗はしなっと首を傾げて足を擦った。
「でもぉ、今日、何か足張ってるみたい。いつものメニューで教室に入って大丈夫かな?」
 きつめの華やかな面立ちの美女が、困った顔で上目遣いに頼ってきたら、男は大概フラフラと近寄ってくる。ましてや彼にとって政宗は顧客、取る行動を見通すのは容易なことだ。
 政宗の思惑通り、片倉は心配そうに瞬いて、彼女の座るソファの前に膝をついた。
「ふくらはぎ?痛みはありますか?」
 片倉がそっと足を取って確認をするのに合わせて、あくまでさりげなく、逞しい肩に手を置く。
「ううん。ちょっと違和感くらいなんだけど、せんせーに相談してからって思って」
 立っていれば頭一つ分以上高い位置にある片倉の耳に、普段より甘えた声で近付いた。ボディクリームのひそやかな香りが届く距離に、少し視線をずらせば胸元が垣間見えるような角度で。
 いやいや、あざといと言うなかれ。大人の女の立派な武器をフル活用しているだけ、いわばこれは戦術なのだ。
「少しマッサージしましょうか。痛かったら言ってください」
 この程度でドキドキするほどコドモじゃないだろうな。でも、ちょっとでも意識してくれるかも。内心よろめいてくれないかな。今ならこっそり、小さい声でお誘いなんてしてくれても、他の誰にもバレないし。
 仕掛けながらもときめいて、片倉を見つめる。視線や表情筋の微細な動き、体温の変化、全てにアンテナを張って、少しでも動揺を感知できたなら、こちらの勝ちだ。
 けれど。
「……うん、大分ほぐれてきましたね。伊達さん、今日は足がいつもより冷えてるけど、心当たりある?」
 手を止めて顔を上げた片倉は、政宗が詰めた距離にも、見せた隙にも、全く頓着しない様子で微笑んだ。
「心配なら、今日はホットヨガの教室に参加してみたらどう?ちょうど今からビギナーOKのホビークラスがあるし、終わったら様子見てまた相談しましょう」
 にこにこにこ。
 まるで邪気も下心もない、とても穏やかな笑顔。
「oh………………I see, thanks」
 政宗が頷くと、あっさりと離れていく彼の背中に、何かものすごく、女としてのあれやこれを傷つけられたような気持ちになる。
 しかし、こんなのは序の口だ。

「あーん、ねぇ片倉さぁん、このマシン調子悪いみたいなの〜v」
「あれ、本当ですね。スタッフを呼ぶので、ちょっと休憩しましょうか。」
「片倉せんせー、あたしちょっと痩せてきたと思わない?ほら、この鎖骨とかぁ」
「成果が出てますね、よかった。無理は禁物ですよ?」
「スリーサイズ測るの?えー……片倉さんならいいけどぉ〜?」
「ははは、彼女の仕事を奪らないでやってくださいね。」

 ワイルドな見た目に反して、中身は紳士で草食系。
 日々あちらこちらで女性客に囲まれ触られ接近され、そのくせ未だかつて一度も業務の範疇を越えたことはない。
 にこっと微笑んで、するりとかわし、そのくせ禍根を残さない。
 片倉インストラクターは、難攻不落の城と評判の男なのだ。
「HA!伊達政宗の名にかけて、落とせぬ城のあるべきか」
 この程度でめげてはいられない。次の作戦を考える政宗の目は、恋する乙女も大人の女も通り越し、まさに現代に生きる女武者のそれであった。