「パパ〜、来たよー。」
食材の入ったエコバッグを手にリビングに現れた政宗は、出迎えた男にぷいっと顔を背けた。
「お帰りなさい、政宗様。」
「……パパは?」
「輝宗様は、収録が長引いているそうで。政宗様、お荷物を」
「なんだ、お前だけ?つまんないの。あーっ、重かった!」
思いきりドンと押しつけられたエコバッグを受け止めて、男は苦笑した。
視線を合わせないままの政宗を追って、キッチンへ向かう。
「ですから、学校が終わったらお電話くだされば迎えに行きますとお伝えしているのに。メールで買い物を申しつけてくださってもいいんですよ?」
エプロンをつけて手を洗いながら、政宗はフンと鼻を鳴らす。
「勤務形態が不規則なくせに。毎度毎度お伺い立てるなんて、めんどくさい。」
そのまま背を向けて料理を始めてしまう政宗に、男は寂しそうに眉を下げて、キッチンから出ていった。
彼は今月いっぱい夜勤シフトだから、出勤準備をするのだろう。リビングを後にする背中をちらりと視界に入れて、政宗は小さく唇を尖らせた。
品のいいスーツに着替えてきた彼の前に夕食を並べて、政宗も向かいの席につく。
「あぁ、今日もおいしそうですね。夜勤続きの胃腸にも優しそうで助かります。ありがとうございます」
「別に、お前のためにやってんじゃねーし。パパが自分じゃ飯作れないから来てるだけだし。仕方なくついでに食わせてやってるだけだしっ。」
ふてくされた顔で言う政宗に、男は手を合わせたまま、食卓を眺めた。
今日のメニューは、あじの塩焼き、たけのこの煮付け、きゅうりとわかめの酢の物。ごぼうの味噌汁とごはんをつけて、一汁三菜。
学生の政宗の好みにしては渋い。ついでに彼の父君である輝宗は、箸よりナイフやフォークに馴染みのある食生活だ。
そのため、居候である男がまだ客人として出入りしていた頃に招かれた食事の席や、同居して後に三人が揃って食卓を囲む際は、いつも洋食がメイン。料理が好きな政宗も、和食は作り慣れないとぶつぶつ言っていたはず。
「……………………」
あまりに意味深な沈黙に、政宗は顔を赤らめて噛みついた。
「何だよ、なんか文句あんのか!!?」
「…いえ、とんでもない。輝宗様も久々に食卓を囲めるはずだったのにと、嘆いていらっしゃいましたよ。毎日夕食を共にしているのですから、戻っていらっしゃればいいのに、政宗様は意地悪ですね。」
にっこりと微笑んだ彼は、ふと気付いたとでもいうように首を傾げる。
「そういえば、政宗様。今日は制服のままですが、着替えにマンションに戻らなかったのですか?」
「うるさい、黙って食え!!」
「ははは。政宗様、刺し箸はお行儀がよくないですよ。」
「親でもないのに口うるさくすんな!!」
がおっと噛みついて、ごはんと味噌汁だけかきこんだ政宗は、ドタバタとリビングを出て行った。彼がこの家を出てからもそのままにしてある、自分の部屋へこもってしまったのだろう。
「……相変わらずのハリケーン型だな。少しからかいすぎたか」
くすりと意地悪く笑って、男は再度丁寧に手を合わせると、食事を始めた。
ドア越しに挨拶があり、玄関の扉が閉まったところまでを確認して、政宗はまたドタバタとリビングへ戻ってきた。
食卓の上には、男からの置手紙がある。念のためきょろきょろと周りを確認して、手紙を手に取った。男の実直な性格を映したような、端正な文字が並んでいる。
『政宗様。今日もありがとうございました。ごぼうのお味噌汁、結構なお手前でした。私は出勤してしまいますが、どうかしっかりとお食事を摂られますように。』
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっっっしゃ!!」
ぷるぷると震えて、更にびょいんと飛び上がってガッツポーズした政宗は、勢いそのままにテレビをつけた。
放送中のニュース番組では、キャスターやコメンテーターが朗らかに笑ったり、厳しい顔で討論をしたり。どこかの川にアシカだかアザラシだかが出現して心和むとか、外交情勢がどうだとか、今日のスポーツの結果とかなんとか。
そんなことはどうでもいい。政宗が観たいのは、
―――それでは、天気予報の時間です。
―――皆さんこんばんは、片倉です。今日もよろしくお願いします。
現れたのは、我が伊達家の居候。
片倉小十郎、気象予報士。テレビ局でプロデューサーをしている父のたっての願いで、この春から天気予報のコーナーを請け負っている。
「so……so cool……!!」
政宗が観たいのは、他でもない、液晶の上に映される彼の笑顔。へなへなと腰砕けになりつつ、政宗はとろけた瞳で身悶えた。
―――今日は少し肌寒い一日でしたね。春の装いで体が冷えてはいませんか?
―――明日はまた暖かい陽気が戻ってきますが、夜に向けて雨雲が広がります。
背が高く、長い足と逆三角形の体。オールバックに流した髪と吊った眉で大分迫力はあるが、その分微笑んだときに垂れる目尻がギャップで可愛らしい。
―――夕方までの降水確率は30%、夜間に雨が降り出す予報です。
指示棒をきゅっと仕舞った彼、片倉小十郎が、まっすぐに視線を向けてきた。
―――しかし、夕方に一度雨が降る可能性があります。お出かけの際は折りたたみ傘の準備をお忘れなく。
真剣な瞳が、少し悪戯に、男くさい微笑みを浮かべる。
―――ご油断、召されるな。
「はぁああああああんvvv」
ノックアウトされ倒れた政宗を知っているかのように、彼はにっこりと笑って、「以上、天気予報でした」とコーナーを締めた。
本当は、政宗は小十郎がとてもとても、たまらなく大好きだ。
父の年の離れた友人という彼が来訪するとき、心待ちにして身嗜みを整えて、腕によりをかけて食卓を彩った。
通勤に便利だろうと強引に誘う父に負けて彼が居候することになったときは、それはもう浮き足立って、家中の大掃除を毎日するくらいだった。
家を出たのも、いざ一緒に暮らしてみたら、みっともないところを見られたくなくて、もうたまらなく緊張ばかりしていて、耐えられなかったから。
「勤務時間外でも、気象データのチェックしてるの知ってるから、邪魔したくなくて連絡できない。味噌汁だって、小十郎においしいって言ってほしくて、毎日練習してるんだぞ」
本当はそう伝えたいのに。
好きすぎて、液晶越しでなきゃ素直になれない。こんなにメロメロに蕩けた姿なんて見られたら、絶対に嫌われてしまう。
「darling ..... I love you 」
泣きそうにつぶやいた政宗は、まだ気付けないでいた。
明哲な観察眼と経験則を裏づけに冴える勘で、ズバズバ天気予報を的中させる予報士である小十郎が、政宗の天邪鬼を読み取れないはずがないということに。
気象予報士と天邪鬼。