5万打感謝企画5「こじゅろ社長の続きで、政宗様の奮闘」


 商談がまとまった一息、にしては、やけに憂鬱な、それでいて艶めかしいため息。
 まとめた黒髪も美しい、悩ましげな美女のそれに、片倉はふっと表情を緩めた。
「疲れさせてしまいましたか?」
「あら……ごめんなさい、違うのよ」
 艶のある赤い唇を綻ばせた彼女は、ここからはプライベートと示すように足を組んで小首を傾げてみせる。
「片倉君にはいつも助けてもらいっぱなしで、申し訳ないんだけど…聞いてくれるかしら?」
 どこか少女のような悪戯っぽい笑みに、片倉も楽しげに笑ってうなずいた。


Love saves The President !!!!?


 上総介様のことなの。ほっそりした指を頬に添えて言う彼女に、片倉はメガネを外してケースにしまいつつ、くすりと笑う。
「濃様がお悩みとなれば、織田社長のことと決まっておりましょう」
「まぁ、意地悪ね。夫のことしか考えられない寂しい女だとでも言うの?」
「まさか。一途でお可愛らしい、素敵な奥様だということですよ」
 片倉のゆったりとした微笑みに、そういうことにしておいてあげる、と濃もくすくすと笑う。
 織田一族と片倉は、ただの取引先に留まらず、個人的にも良好な関係を築いていた。一秒を競う仕事の中で、両者の商談は利益と共に穏やかな交流の場でもある。
「それで、上総介様なのだけれど、ちょっと困っているの」
 そのため、時々こうして、苛烈な夫に悩まされる彼女の相談に乗り、干渉役を務めることもあるのだ。


「伊達、ちょっといいか」
 営業部のフロアに響いた低い艶声に、フロア全体がざわめいた。
 突然現れた社長の姿を見て、全員の背筋がぴんと伸びる。ついでに瞳も輝いている。
「片倉くん!突然どうしたんだい、伊達くんがまた何かやらかしたかな」
「やらかしたかなって何だy……すいませんすいません何でもないです」
 代表で応対に出た竹中営業部長の自慢の鞭にきゅむっと首を絞められて青ざめている政宗に、片倉社長は苦笑した。何かやらかしたところだったらしい。
「竹中、苦労かけるな」
「いいんだよ片倉くん、躾は僕の得意分野だから」
 にっこり美しく微笑んだ竹中部長に、調教の間違いだろ!と涙目で噛み付く政宗の襟首を掴んで、片倉がひらりと手を振る。
「伊達を借りるぞ。問題児のいぬ間に、少し休憩しろよ」
「…気遣いは有難いけど、君直々の指導なんて、調子に乗らせるだけじゃないかな」
「指導はお前に任せてんだ、口も手も出さねぇよ。ちっと別件だ」
 借りてきた猫のように大人しく連行されていく政宗の背を見送りながら、竹中はやれやれと呟いて肩を竦めた。
「まだ鞭が足りないところだったけど、仕方ないね。さぁ、業務の再開だ」
 手のかかる反抗的な新人はいなくなったし、フロア中に一気にやる気ムードが漲ったことだし。よく通る部長の声に、男女共によく揃った返事がこだました。

 通されたのは社長室だった。
 竹中言うところの手のかかるやらかしてばっかりの新人である政宗は、初めて足を踏み入れたそこで、借りてきた猫のごとく小さく固まっていた。
 ローテーブルの向こうには、くつろいだ表情でソファにもたれている社長の姿。室内は彼と同じ、深い森のようなあの香り。
    何これパラダイス?俺明日死ぬのかyes本望だぜ!
「はいっ、お茶どうぞ!!」
 妄想してんじゃねーぞとばかりにどす黒いオーラと視線と共に、明らかにド渋そうな色のお茶が置かれる。社長の前には美しい緑茶色。
「この俺様、秘書室長手ずから淹れたお茶なんだから、まさか残さないだろうね新人クン!」
 わかりやすく歓迎されていない。
 口に入れたら瞬間舌先から縮み上がってねじ切れそうなその茶を、飲み干すまで見張ろうと眦を吊り上げる猿飛に苦笑しつつ、片倉は政宗に楽にしろと促す。
「伊達。実は今日お前を呼んだのは、頼みがあるからなんだ。」
 口火を切った片倉の言葉に、政宗が首を傾げる。
 竹中言うところの(以下略)な新人である政宗に、社長直々の頼みとは何だろうか?普通こういった場合、社運を賭けたプロジェクトに大抜擢とかではなかろうか?
 入社してからのことを思い起こす。これといった功績はまだない。浮かぶのはあれやこれやそれや、やらかす度の紫色の恐怖ばかり。
「………………はっ、まさか自主退職の促し!?」
「ぶふっ!」
 一応この状況に危機感を覚える程度には自覚していたらしい。思わず噴き出す社長の後ろで、猿飛が本当にそうしちゃえばいいのにとうんざりした顔で天井を仰いだ。

「……へ?会席膳??」
 片倉の話とは、社運を賭けたプロジェクトでもクビ宣告でもなく、ましてやあまり業務に関係あることでもなかった。
「うちの懇意の取引先の織田社長が、気に入りの板前が出奔したってご機嫌ナナメらしくてな。」
 織田社長が気に入って足を運んでいた割烹・竜頭庵。そこでは一風変わった割烹料理を出す料理人がいるとのことで、斬新さと革新を好むかの社長は毎度その板前を指名しては舌鼓を打つほど、いたくご満悦だった。片倉にも、自ら地獄の蓋を開いたような満面の笑みで誘いの電話をしてきたこともある。
 それがこの春から、また元の料亭らしい割烹膳が並ぶようになった。聞けば板前は包丁を置いてネクタイ片手にサラリーマンになってしまったという。
 織田社長の落胆は激しく大きく、深かった。食道楽だが気難しい彼が、手放しで「ふーはーはー」と笑えるくらい気に入ったのは、あの料理の他には恩人である片倉の注いだビールと養い子のおねだりくらいなものである。
「竜頭庵を調べてみたら、見覚えのある住所に気がついた。伊達、お前の本籍はここだよな?」
 織田お気に入りの腕を持つ料理人は、灯台下暗しと言わんばかりに、片倉の手元にいた。それならば簡単な話、自分から話をして、一度だけでも彼に腕を振るってもらおうと思ったわけなのだが。
 話が進むうちに苦い顔になっていく政宗を眺めながら、片倉は困ったように微笑む。
 政宗が何を思って板前をやめたのかは知らないが、いくら雇用主と被用者といえども、無理強いをするわけにもいかない。社運を賭けた接待だというならともかく、これはあくまで個人的な頼みなのだし。
 半ば諦め、代替案を考え出している様子の片倉に、割って入ったのは猿飛だった。
「ちょっと、新人クン!まさか嫌だなんて言うつもりないだろうね、うちの社長直々の頼みなんだよ。それとも何、実は料理は嫌いだとか?」
「No……料理は好きだ、もちろん。今も」
「だったらいいでしょ?織田社長はうちの会社によくしてくれる、大事な取引先だし、片倉社長の友人でもある。伊達くん、あんたが今食べていけるのは、度重なる失態を見守って許してくれてる社長あってのことなんだから」
 恩返ししなよね!とぷりぷり怒る猿飛に言い負かされ、政宗はしょぼんと項垂れてしまう。
 幼い頃から職人の世界で、その筆頭となるべくして育てられてきたから、政宗は自分を抑えて周囲に合わせるのがうまくない。張れる我のあることがステイタスとなる職人の世界と違って、サラリーマンとしてうまくやるには必要な処世術だ。
 それでも熱意はあるのだから、じっくり育てていけば化けるかもしれない。そう言って彼の教育を竹中に一任して見守っている片倉は、言い過ぎだと無言のままに猿飛を睨んだ。
「その、俺、社長の役に立てるなら……でも多分、腕落ちてると思う。がっかりさせんじゃないかな」
 困った表情のまま見上げてくる政宗に、片倉はきょとんと瞬いた後、くすりと笑った。普段強気の政宗が、自分のためを思って弱気になっている。困った部下だが、可愛いものだ。
「そんなことは心配するな。それより、俺も伊達の料理を食べてみたいな。織田社長に誘われたときも、結局行けず仕舞いだったから」
「……ハイハイ、わかりましたよ!どうせ俺様が仕事の詰めすぎなんですよーだ!」
 多少バツが悪かったのか、猿飛もぶつくさ言いながらスケジュール帳を開いている。あれで誠実な男だから、しっかり調整してくれるだろう。
「俺は和食が好きだが、織田社長は洋食や創作料理なんかもお好きだ。お前の自由にやってくれて構わない。受けてくれるか?」
 信頼してるぞと言外に込めた問いに、政宗はぱっと顔を明るくして頷いた。


 当日、テーブルからはみ出さんばかりの和洋創作の皿を並べた一室で、ご機嫌に「ふーはーはー!」と笑っている織田社長や養い子にあれこれ世話を焼く濃の姿を眺めながら、白衣の政宗は緊張した面持ちで片倉の隣に座った。
 そっと見上げると、満足そうな、しかしどこか悪戯っぽい微笑みが向けられる。
「助かったぞ、伊達。なかなかの腕前だ。営業の方も、このくらい力を入れてくれるといいんだけどな」
 そんなわけでこれから先、織田社長の用向きとあらば必ず政宗が呼び出され、魔王その方直々に、大概フランクながらも取引先とのいろはを叩き込んでいただくことになるのであった。



こじゅろ社長の続きということで、以前から出したかった濃姫様を。小十郎と濃姫様と社長室ってば…何やらオトナなsmellがする←
…という個人的な趣味を大暴走させてしまいました。楽しかった!!(笑)
今まで明示していなかったのですが、こじゅろ社長は仕事中はメガネです。黒縁。中の社長に合わせてみたり(うふふふ笑)
楽しいリクエストをありがとうございましたv