二人連れ添って、もうどのくらい経ったのか。
 初めて出会ったあの日、お前は皺もなくて、道行く男が何度も振り返るほどきれいな女だった。俺もそう、髪は黒々としていたし、声にももっと張りがあった。巷じゃいい男だって騒がれたもんだった。
 あれから、幸せも喜びも苦難も、二人一緒に乗り越えて。とうとう子どもたちが独立していく歳になって、なんだか寂しくなりましたねとつぶやいたお前のために犬を飼い始めた、そいつももう立派なご長寿犬になっちまった。
 俺は昔から無茶ばかりする男だったから、夫にしては失格だったろう。お前がいつも控えめに、だけどしっかりついてきてくれていたから、甘えていたんだ。いつでも、何をしても、お前は受け止めてくれる、受け入れてくれるってな。
 だが、なぁ。今俺は、後悔はしちゃいないが、ちぃっと反省はしているんだ。
 もう少し、何だ……その。
 例えば、お前がもう少し若いうちに、家庭や俺のことばかりでなく、好きなことをさせてやればよかった。お洒落やら、旅行やら、したいこともあったろう。好き勝手ばかりの俺のために、きっとたくさん我慢をさせちまった。
 いや、いいんだ。お前が「そんなことはない、十分幸せです」と言ってくれることはわかっている。もちろん、心からそう思ってくれていることもな。
 それでも、やっぱりな。

 まぁ、過ぎたことを言ってもしょうがねぇ。
 俺は社長としては一級品だったろう?ジジイの時代に傾いた会社を、倍以上に育て上げた。もちろん、お前の支えがあったからだ。
 だから、今度は、これからは、俺はお前のために生きてみたいと思うんだ。お前が俺を支えてくれていたように、俺もお前を支えていきたい。
 お前が死ぬとき、「世界一の夫と連れ添えて、幸せだった」と思ってほしいからな。
 ……まぁ、つまり、そういうことだから。


「それで、この花束なのですか?」
 派手好きの政宗にしては珍しい、緑とクリーム色と白でまとめられた花束。
 もごもごとぶっきらぼうに渡されたそれを胸に抱えて、小十郎はやんわりと微笑んだ。目尻の皺がこんなにも和らいで見えるほど、穏やかで美しい笑顔だった。
 小十郎は、歳をとるごとに、まろみを増してあたたかく、美しくなっていく。美女など飽きるほど見慣れている政宗すら、今でもふと見惚れてしまうくらいだ。
「……大げさだとか、笑うなよ。」
 昔と変わらない、照れくさそうに頬を掻く癖に、小十郎の微笑みも深くなる。
「笑うなど、とんでもない。」
 いつも忙しく、前だけを見て走っていく政宗の姿が、とても好きだった。そうして先を行きながらも、ふと不安げに、こちらを振り向く夫に、ここにおりますよと微笑むことが至福だった。
 何があっても、何をしていても、何度失敗しても。最後には自分のもとに戻ってきてくれる。
 政宗と連れ添って幾年、幸せでないときなどなかった。
「……それなのに、不思議ですね。今、小十郎は、とても嬉しいのです。」
 ふわりと広がる香りに、胸の奥まで満たされるような気持ちになる。形として示された愛情が、これほどまでに幸せなものだなんて。


 マザコンの気がある長男が、ちょっと拗ねたように、けれど嬉しそうに、カメラを向ける。その隣では、二人の孫を連れた長女が、うきうきと声を弾ませている。
「準備オッケー。いつでも撮れるよ」
「はい、二人並んで並んで!」
 二人で写真を撮ろう。そう言い出したのは政宗で、もうあちこち皺ばかりなのにと恥ずかしがる小十郎の背中を押したのは子どもたちだった。
「おじいちゃまとおばあちゃま、なかよしね!」
「なかよしー!」
 二人が初めてデートした森林公園、その懐かしい景色の中。
 しわがれた手と手を繋ぎ、照れくさく、しかしあたたかく微笑み合って。
 まるで若い頃に返ったみたいに。しかしあの頃よりもずっと、深く繋がった愛情の絆をもって。
 カシャリ、シャッターの下りる音がする。
 ここから、また二人で歩いていく。今度は共に手を取り合って、並んで。
「小十郎」
「はい?」
「ずっと、傍にいてくれよ。」
 二人の幸せは、まだ始まったばかりなのだから。


愛を込めて、花束を -- いつまでも愛おしいあなたへ。