退屈な学校生活を潤してくれるもの。
 古今東西、アダムとイブの時代からターミネーターがデフォで出歩きジェダイの戦士と名刺交換しちゃうくらいの未来でも永劫に、それは恋と決まっている。
 ここにも一人。春の陽気に誘われて、桃色のオーラに包まれながら窓の外を見つめている少年がいた。


君は女神。


 閑静な住宅街の先、小高い丘の上には二つの学校がある。
 片や超近代的なデザイン最先端、黒とシルバーと赤で彩られたある意味オシャレな校舎が有名な、戦国学園バサラ丘男子高等学校。片や古きよき温かみ漂う木と緑の融合された、美しく落ち着いた佇まいで生徒を包む、私立バサラ丘第一女子高等学校。
 同じ丘の上に立つ二校ではあるが、校舎はお隣でも心理的距離はぐーんと広い。
 なぜなら、バサラ第一女子といえば、良家の子女の集ういわゆるおじょうさま学校。そのうえ平均偏差値は70代後半。対してバサラ丘男子校は、「バサメン」などと称されるほどに個性的で見目麗しい生徒が多いが、お家柄は平凡・偏差値は平凡よりちょっと(いや大分?相当?)下だったりする。
 それは何も単なる気後れではない。

 ―――その昔、勇気あるバサメンAくんは、下校途中出会ったバサ女の女神にこう言った。
『ねぇねぇ、今帰り?この後暇?一緒にお茶しない?』
 それに対する女神の答えは、
『あら、どなたか存じませんが、ご趣味がお茶なの?とっても素敵ですけれど、私今は茶席の用意がないものですから、ごめんなさい』
 ドナタ?ゾンジマセン?ゴシュミ?チャセキ??
 Aくんは女神の発した言葉が全く理解できないまま、おっとりと微笑んで会釈をし立ち去っていく彼女を見送ったとさ。

 これはバサラ丘男子校に伝わる、非常に有名な逸話である。
 その他にも、
Bくん『あのさ、よかったらケー番教えて!』
女神様『けぇばん……?あぁ、交番なら駅前にありますよ。失くし物でもなさったの?見つかるといいですね』
Cくん『一緒に遊びに行こうよ。カラオケとか好き?』
女神様『遊びに?遊ぶなら、お友達をお誘いになった方が楽しいのではなくて?私お稽古がありますので、ごきげんよう』
 てなかんじで、延々と、惨敗続きの武勇伝が代々受け継がれ。そのうちにバサメンたちは、女神に声をかける勇気を失ってしまった。
 バサラ丘男子校の校舎からは、バサラ第一女子のエントランスや中庭が見える。休み時間や放課後、そこで楽しげに語らう憧れの女神たちの姿を眺めながら、あぁ、あわよくばあんな子が俺の彼女になってくれたらなぁ!なんて妄想を繰り広げるだけで幸せ。
 情けないと思われるかもしれないが、これがセンシティブでガラスハートな現代のバサメンたちの本音なのである。


 さて冒頭の少年・伊達政宗くん(バサラ丘男子校ピカピカの一年生)の話。
 伊達政宗といえば、近隣じゃ知らないものはいない、特に恋したい年頃の女の子たちは名前を聞いただけできゃぁ〜んと黄色い悲鳴を上げるに違いないほどの、バサメン中のバサメン。キング・オブ・バサメンだ。
 謎めいた眼帯が乙女心をくすぐり、ふっと見せる孤高の眼差しが母性をくすぐり、細マッチョなスラリと長い足が女心をくすぐる。一見遊んでいそうな派手なルックスの割に、中身は意外と硬派なものだからもう、人気うなぎ上り赤丸急上昇永久欠番状態。
 世の女の子たちがこぞって、一度でいいから抱かれたい!遊ばれてみたい!と熱望するそんな彼だが、周囲のあれこれなど一切関知せず、この春から絶賛桃色片思い中であった。

 きっかけもお相手も、バサメンが一度は通る道。中庭で過ごす麗しのバサラ第一女子の女神様を見かけて、運命の雷にブチ当たってしまったというもの。
 しかし、ある二つの点において、彼は他のバサメンたちと違った。
 一つは、恋に落ちたその瞬間、女神様が中庭でしていたことが、ご学友と談笑でも詩集の読書でも昼食でもなかったこと。
「政宗殿、早く弁当を食べねば昼休みが終わってしまいまするぞ!」
「つーかよぉ、んなアホみたいに口開けて何見てんだ?」
「ニブいねぇ二人とも!そんなの決まってるだろ、ベンチの君だよ!」
 いいねぇ恋だねぇ!とデカい体をわくわくさせる尾長鶏(みたいな頭の前田慶次くん)に、クリスマスですかと聞きたい手羽を両手にがっついている顔だけジャニーズ(中身は野生児・真田幸村くん)と、ヤンキーとしか言いようのないヤンキー(長ちかべ?超ちくび??元親くん)が揃って首を傾げる。
「「ベンチの君?」」
「そうだよ、何だい知らなかったのかい!勿体ねぇな、聞かせてやりなよ独眼竜!」
 と言ってみたものの、窓越しの女神に夢中な政宗くんにガン無視を決め込まれ、慶次くんは自ら立ち上がり朗々と語り出した。

 あー、うぉっほん!さぁさぁ聴いてきな!
 時は春、桜は散り木漏れ日きらめく4月の終わり。バサメン期待の星・伊達政宗がふと見た窓の向こう側、聖なるバサ女の中庭に、運命の女神はやってきた。ペンペン!
 その手には金槌、木の板、鋸に釘。女神は美しい横顔に汗も浮かべず、ものの10分で壊れかけのベンチを直してしまう。その鮮やかな手並みと涼やかな目元に、高鳴る伊達政宗の鼓動!
 かくして少年は恋に落ちたのであった〜!

「すごいでござるなぁ!さすがは政宗殿、人を見る目がおありでござる!」
「そうだろそうだろ、個性的な女の子ってのも可愛いよな!あぁ〜恋って素敵だなぁ!」
 何となく噛み合わないながらも盛り上がる二人の横で、女性に対して乙女なドリームを捨てきれない元親くんは「大工仕事する女神……金槌かついだ女神……」とショックを隠しきれない様子だが、
「……んむ?あそこに見えるは、佐助ではないか!」
 ようやく肉から人へ興味を移した幸村くんの叫びによって、取り合われることなくスルーされたのだった。

 そう、もう一つ、政宗くんが他のバサメンと違った点は、
「さ〜すけぇ〜〜〜!!」
「やっほー旦那〜。あ、そっちが噂の伊達政宗?イケメーン。」
「……こんにちは。」
「こっ、こ、ここっ……こんにちは!」
 なんと友人・幸村くんの幼馴染がバサ女の生徒で、その上憧れの女神と友人だったことである。
「あっは、バサメンキングちょーニワトリみたいなんだけど」
「佐助!失礼なことを言うな、政宗殿はお慕いする片倉殿にあい見えて喜びのあまり緊張しておられるのだっふごごご」
「よよよ余計な口きいてんじゃねー真田ゆきむるぁ!殴るぞごるぁ!」
 一回だけでいい挨拶するだけ一目でいいから頼む紹介してくれと頭を下げた割に強気な政宗くんだが、その顔は真っ赤で汗だくだく。バサ女にしては珍しくチャラ系の佐助は「何これほんとに伊達政宗?ダサいんだけどー」とでも言いたげな冷たい目をしている。
 だが、そこは政宗くんの見込んだ女神様。
「…………ふふ」
 品のいい笑い声に思わず向けた視線の先では、女神が口元を指先で隠して、ほんのりと瞳を和らげて笑っている。
 あぁなんて美しい微笑み、灰色の瞳が潤んでまるで夢みたい、君こそまさにグラウコーピス・アテーネー!!
 心の政宗くんは何やら恥ずかしい台詞を叫んでもんどりうって悶えていたが、そこは腐ってもCOOLが売りの伊達政宗、酸欠寸前の幸村くんを放り出し、人生で最も必死に、最高にかっこよく微笑んだ。
「おっ、俺は伊達政宗です。趣味はバンド、ときゅぎは静電気とケンカです。あなたのお名前は何ていうのでございますか?」
 声が裏返ったけど、舌も噛んだけど、日本語おかしかったけど。
「……片倉、小十郎です。趣味も特技も農作業です。」
 あぁ、君こそまさに美と豊穣の女神アフロディテ!!結婚してください!!


 さて、この先の展開がバサメンの悲しき歴史と違うものになるかは、また次回の講釈で!