出会ったのはヨーロッパの上空。パリへ向かう飛行機のファーストクラス、ドリンクのサービスをして回っていたときのこと。
 まだ大学生程度の年齢に見えるその見た目とは裏腹に、クラスの座席を全て占める数のSPを堂々と従えて、悠々と足を組んで座る姿が嫌に様になった眼帯の青年。
 小十郎のサーブしたコーヒーがいたくお気に召したとかで、わざわざ指名で小十郎に二杯目を運ばせた、彼が伊達政宗。
「これほどうまいcoffeeを機内で飲めるとは思わなかったぜ!たまには民間航空機ってのに乗るのもいいもんだな。Lady、名前は?」
「片倉でございます。ご満足いただけて光栄です」
「What’s your first name?」
「……は?」
「俺が知りたいのはアンタの名前だ。次また会いたいと思っても、探し出すには苗字だけじゃ難しいだろ?」

 ありがちな勘違い男のナンパだと思っていたこの出会いこそ、片倉小十郎の運命を大きく左右するもので。

 フライトを終えて自宅へ帰ると、唐突に姉から見合いの日程を申し渡され。
「Lady、また会ったな!こんなにすぐに探し出せるなんて、Venusの加護でもついてんのかな」
 思わず城か!とツッコミしたくなる豪勢なホテルのVIPルームで、どこか西洋の貴族なんかが座るような豪奢な椅子に、まるで自分の部屋みたいにくつろいで腰掛ける伊達政宗は。
「I Love You. まずは結婚を前提にしたお付き合いといこうぜ、Honey?」
 びっくりするほど綺麗な笑みで、目を見開くほど気障な台詞で、二の句が告げないくらい唐突で強引で自分勝手な申し出をしてきたのだった。


CAさんとおぼっちゃまくん。


「で、どうするんだ?片倉。」
 スタッフルームで休憩中の小十郎に、同僚のかすがが腕を組んで聞いてきた。
「半年前はげんなりした顔をしていたくせに、最近じゃ案外満更でもないんだろう。そろそろプロポーズを受けてもいいんじゃないか?」
 そう、確かに彼女の言う通り。
 出会ってから半年。その間目が飛び出るかと思うほど高価なプレゼントや高級レストランでのディナーを丁重にかつ尽くお断りし続け、挙句の果てには「親の金で貢がれても嬉しくない!」なんて姉やらSPやらが真っ青になるような台詞まで突きつけた。
 そこまで言えばさすがに終わったと、清々するような、しかしどこか胸の痛む気持ちになったものだったが。

『cool!!俺に向かってそこまではっきり意見できる奴なんて、お前以外いないぜ!』

 政宗はめげなかった。むしろ更に惚れ込んだと言わんばかりに熱烈な抱擁をかました(咄嗟に小十郎の左拳が唸った)後、今度は彼の思いつく限り精一杯庶民的な方法で小十郎に愛を示してくれるようになり。
 手作りのお弁当(メニューはいかにも庶民の食卓といったものだったが、使われている食材が明らかに桁違いだった)、公園を散歩しクレープを頬張る爽やかで健康的なデート(ただし周囲はひっそりはっきりSPが固めていた)、ときには町内美化ボランティアで一緒に汗を流したりも(やっぱりSPがついてきていて町内会の皆さんが怯えていた)。
 何だかんだセクハラしたがるところが玉に瑕だが、抓ってもドツいてもにかりと笑って「気が強いとこもcuteだな!」なんて受け止められては、さすがの小十郎もきゅんとせずにはいられないというもので。
「とうとうキスまで許したんだろう。何をそんなに迷ってるんだ?」
 うぅ、と唸って顔を覆った小十郎に、かすがは深いため息をついた。


「小十郎〜、Welcome home!」
 空港に迎えに来てくれていた政宗が手を振るのに、小十郎は目を瞠って、小走りに寄って行く。
「政宗様、どうされたのです?小十郎は何か約束していたでしょうか」
「No、ただ俺がすぐに会いたかっただけだ。しばらく会えなかったし、俺の小十郎が寂しがってるだろうと思ってな。」
「つい一昨日、お見送りいただいたときにお会いしてますが?」
 冷たい素振りをしつつ、小十郎は柔らかな瞳で政宗を見上げていた。政宗も嬉しそうに笑って、小十郎のまっすぐで細い指にそっと口付ける。
「せっかくだしこれから一緒にdinnerでも……といきたいところだが、疲れただろ?今日は大人しく、家まで送ってやるぜ」
 まるで少女マンガの王子様みたいな仕種に、以前の小十郎なら鳥肌を立ててご遠慮していたところだが。
「……よろしければ、うちで食べて行かれませ。姉も喜びます」
 ほんのりと目元を朱に染めて微笑んだ。思わず政宗が鼻の下を伸ばして抱きつこうとするくらい、幸せそうな様子で。

 玉の輿狙いの同僚たちがギリギリ歯噛みする程仲睦まじいくせに、小十郎が政宗の申し出を受けられない理由を、かすがは知っていた。
 小十郎は、政宗のちょうど10歳年上だ。才女揃いの国際便CAの中でも際立って評価の高いキャリアな彼女だが、やはり結婚となるとこの年の差は大きな悩みの種のようで。
 曰く、「年若く優秀な政宗様には、もっと若く美しいご令嬢の方が相応しい」のではないかと。
 それを聞いたとき、かすがは思わず小十郎の頭を叩いていた。まるでお笑い芸人か何かのような勢いで。
 そこらのモデルじゃ太刀打ちできないくらいの美貌を誇るかすがから見ても、小十郎は綺麗な女性だ。知性に満ちた瞳や柔らかく襟足の跳ねた髪は色素が少し薄くて、隙のない雰囲気に甘さを加えている。すらりと伸びた背筋や豊満な胸元に、機内でも憧れの視線を送る男共は絶えない。
 しかし、小十郎は自分の魅力にとことん疎くて、普段は化粧で隠している頬の傷痕のせいか、こんな自分が政宗の横にいては申し訳ないなんて思っている節がある。
「まったく、なんてバカなんだ」
「ほんとにねー。」
 連れ立って歩き出す二人の背中に思わずつぶやいた言葉に、思わぬ同意があって、かすがはぎょっと横を見た。
「片倉さん、年の差なんて気にしちゃって可愛いんだから。あのおぼっちゃんなら『そんなもん俺たちのラブの前じゃ、蟻んこ以下の問題だゼ!』とか言いそうなのにさぁ」
「さっ、猿飛!お前、気配を消して私の横に立つな!」
「あ、やだなーかすがも勿論可愛いぜ?」
「そんなことは聞いてない!!」
 毛を逆立てた猫のようなかすがの反応にも、本日のフライトで副操縦士を務めていた猿飛佐助はへらりと笑う。
「まぁまぁ、聞けよ。友だちの恋路を心配するかすがちゃんのために、俺様が一肌脱いでやるって。」
 軽そうでいて、底の読めない佐助の表情。親しみやすくていい男だとモテる佐助だが、かすがは警戒心もあらわに睨みつけた。
「……貴様、何をするつもりか知らないが、余計なことはするなよ。」
 佐助はフフン?と面白そうに笑い、軽い足取りで去っていく。その背中を、かすがはしばらく睨んだまま見送った。